佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

アンチグレアでiPad mini 2 を最活用中

 これですね。

パワーサポート アンチグレアフィルムセット for iPad mini PIM-02

パワーサポート アンチグレアフィルムセット for iPad mini PIM-02

 

 実は私は、iPad miniが大好きでありながら、結局Kindleばっかり読んでしまうのは、なんかあの光で気持ち悪くなってしまうからなのです。

しかし最近「アンチグレアのフィルム」でいけるかも、と期待を寄せて買ってみました。

正直なところ、やっぱり難しいかもしれないが、少なくともガラス面のままよりは10倍くらいいい、と言えます。もう少し根を詰めて読む機会があったらまた記事書きます。

なんなんでしょうね。Kindleのほうが明るいのに、暗くしたiPadの画面のほうがダメだというのは。

しかしこのパワーサポートの製品はなかなか素晴らしくて、指の滑り具合などもするするでまったく問題ありません。それに思ったほど暗くもならないのに、たしかになにかを遮光してくれています。

今さら消えゆくiPad miniかというところもありますが、Kindleを読むだけなら、たしかにKindleよりもよかったりもするのです。少なくとも、iPad miniで読む方がいい作品というのはあります。

ついでにこちらも買ってみて、よければ、今後は全部にこれを貼ったら少し生産性も上がるかも。

とにかく、私のように、液タブ系となるとつい買ってしまうがその光に耐えられないという思いをしている方に試して欲しいです。 1000円くらいですみます。

パワーサポート アンチグレアフィルムセット for MacBook 12inch PEF-12

パワーサポート アンチグレアフィルムセット for MacBook 12inch PEF-12

 

 

「生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと」よりもタスクシュートでわかること

 

世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと (T's BUSINESS DESIGN)

世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと (T's BUSINESS DESIGN)

  • 作者: クリス・ベイリー,Chris Bailey,服部京子
  • 出版社/メーカー: TAC出版
  • 発売日: 2017/09/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

いいタイトルです。本はタイトルが命です。

が、以下の記事とからめての紹介となりますが、もう少しとんがっていて欲しかったところです。

たとえば、そろそろ他の事例を見つけ出して欲しいと思ってしまう「パレートの法則」が紹介されていて、著者は「すべてのタスクが重要なわけではない」というのですが、それが問題なのではないはずです。

重要だと自分が思っているわけではないタスクを延々と、もしかするとなによりも時間をかけてやらなければいけないという現実にこそ問題があります。

これに対抗する手段はざっくりとなら2つあり、1つは、そういう仕事をせずにすむように人生をデザインし直すことです。しかしこれはかなり難しく、「転職」が必須になったりしかねません。

jmatsuzaki.com

もう1つは、これも容易でない上に、よくよく気をつけないと事態をますます悪化させかねないのですが、「重要だと自分が思っているわけではない」というその「自分の考え方」を補正しにかかる考え方です。

momonestyle.com

しかし私は「とりあえず、この2つのいずれかを選択するのは最後に回す」ことにします。たいていの人は、そうではないかと思います。

この2つは、言ってみれば「一方の極地」であり、長い人生の間にはこういった選択を迫られる日もあるでしょうが、たいていの場合その手前の手段で何とかなるものです。

まず少なくとも「すべてのタスクが重要なわけではない」ということがわかってなお、「重要だと自分が思っているわけではない」ことにも延々時間を費やしていることに深刻な苦痛や実害を覚えるようになったらタスクシュートをためすべきです。

もし専用のツールを使うのがなんとしても受け入れがたいというのなら、そして時間を見積もるのにもアレルギーがあるなら、現に実行しているすべてのタスクを実行順に並べてみることだけは、するべきです。少なくとも、転職やキツい仕事にやりがいを見出す前にそうした方がいいです。

なぜなら、実行された全ての行動は、数ある未実行の行為よりも、何らかの理由で実行するのに有利だからそうされたのであり、「すべてのタスクが重要なわけではない」にもかかわらず、なぜ重要でないタスクがリストに載ったり、あまつさえ実行されたりするのか、その理由を自覚しないことにはなにも始まらないからです。

「すべてのタスクが重要なわけではない」というのは、要するにせいぜい「常識」でしかなく、「時間は大切です」というのと何も代わり映えがしません。少なくともそれよりは込み入った問いである「すべてのタスクが重要なわけではないのになぜそんなに重要でもないことを実行するのか?」とか「時間は大切だとそんなに思っているのになぜ時間を大切にしない時が多いのか?」といった問いを立てないことには、なにも始まらないはでしょう。

「パレートの法則」的な考え方というのは、あたかも食卓に豪華な食べ物を並べて、「この中の二割の皿に、八割の栄養素がつまっているから、その二割を率先して食べよう」というような話です。でも時間の流れに沿って生きている私たちは行動をそういうふうに選ぶことはほとんど不可能です。

 

「本当にやりたいこと」を時間帯ごとに見つける

タスクシュートの特徴の一つに「セクション」=時間帯があります。

私にとってたとえば大事な時間帯は

  • 09-10時
  • 10-11時
  • 11-13時

なのですが、このへんの時間帯に「もっともやりたいことを1行だけ書いておく」という試みを最近やっています。

よく「自分の本当にやりたいことをやりなさい」というアドバイスがあるのですが、よほど理想に燃えているときは別としても、あらゆるタイミングにおいて本当にやりたいことが変化しないなんてことはめったにないのです。

朝起きるときにはもっと寝ていたいし、夜寝るときはまだもう少し起きてやりたいことがあるものです。1日にの中でも「一番やりたいことは寝ること」だったり「一番やりたいことは起きること」だったりと、針はゆれ続けるものです。

しかし、特定の時間帯になると、それなりにやりたいことが決まってくるものです。寝ていたいのは早朝ですし、まだやりたいことがあるのは、夕方だったりします。それを時間帯ごとに書いておくことで「理想の過ごし方」というものが少し見えてくるという発想です。

しかし、実際にやってみて、この発想のもっとも有用なところは、「いまやっていることよりもやりたいことがあるな!」という事実にすぐに気づける点です。

たとえば朝の10時になんとなくTwitterを眺めていると、「いま一番やりたいことは音楽を聴くこと」だと書かれていたりして、だからといって音楽を聞き出すわけにはいかないけれども、少なくともTwitterを眺めているくらいなら音楽を聴こう!となります。

そして、でも実際には音楽を聴いている場合じゃないから仕事しよう!となれたりもします。

より多く「閃く」ために

アイディアだの閃きだのって、どんなときに必要でしょうか?

とりあえずは仕事で必要ですね。

私にとっては本を書いたり、それこそこのブログを書くときに「閃き」が欲しいと切実に思うこともありますが、日常生活ではせいぜい、娘のルービックキューブをどう教えたものかを考えるときくらいしか、閃きなんて必要なかったりします。

むしろ負けず嫌いで教えられることに強烈に抵抗心を示す娘のアタマに「ひらめかせる能力」が欲しいときがあります。

そういう他人を傍から見ているときには非常によくわかるのが、「おんなじことを繰り返してばかりいるからひらめかないのだ」ということなのです。

 

ルービックの2×2キューブ ver.2.0

ルービックの2×2キューブ ver.2.0

 

 

人はどうも「おんなじことばかりやっているクセに、いつも違ったことをしている気になっている」という性質を持っているようです。タスクシュートをオススメするとしばしば「私は毎日同じことをすることはあり得ませんから」といわれてショックを受けます。

ところがその、「おんなじことを繰り返している中で、より正解に近いやり方を、少しずつにせよ無意識的により分けて正解に近づく」ということができるようなのです。

 

洞察問題解決の無意識的性質

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/20/3/20_353/_pdf

 

ごくかいつまんで紹介すると、この論文は被験者がパズルに取り組む実験レポートです。一部の被験者には、パズルの正解を「サブリミナルレベル」で呈示します。すると、呈示された被験者は圧倒的にパズルを正解できるというのです。

私たちはどうも、問題の解決に無意識のうちに近づいてもそれに気がつかず、それどころか無意識が問題解決方略をひらめいてもそれに気づかないことが多々あり、解決できていきなり驚く、ということがありうるようなのです。

この場合には自意識側はほとんど傍観者に近く、無意識が問題の解決に近づいて、実際に解決して見せて、それを見て驚くのが自意識だというわけです。

ルービックキューブなどをやっているとそうですが、私たちはだいたいにおいて、問題解決まで何千試行と繰り返したあげく、何の成果も得られないと「まったくムダだった」と考えがちなものですが、無意識レベルでの問題解決方略を検討に入れるなら、それはまったくムダではないわけです。

 

教養としての認知科学

教養としての認知科学

 

 

 

 

たすくまの今回のバージョンアップは重要、かもしれない

たすくまがバージョンアップして、1.1.16となりました。

このバージョンは、一部の人にはかなり重要かもしれません。

 

URLスキームでリピートタスクも取り扱うことができるようになりました。

例えば、僕の「💤ゴロゴロ」というリピートタスクを開始するURLスキームはこうなります。

taskuma://start?new=yes&end=yes&repeat=💤ゴロゴロ

repeat=の後ろにリピートタスク名を入れます。これで現在実行中のタスクを終了させて新しい「💤ゴロゴロ」タスクのスタートになります。

kaji-raku.net

なんといっても、こちらですね。

しかしわたしは、この機能をほぼ使うことがないため、自分で紹介するにはモチベーションがもう一つ足りなかったのですが、らくたさんがさすがのまとめなので、ぜひこちらの記事をお読みください。

たぶんこの操作は、やってみると「もう戻れない系」だと思います。「いままでの苦労は何だったんだ!」と叫ぶ人は必ずありそうです。私には、きっと分からない感覚なんですが。

もうひとつ。こちらの変更は、いわばバグ修正ですが、終了タスクには必ず取り消し線が入るようになりました。いままでは、一部入らないタスクがあったりしましたが、解消されています。

こちらも、気になる人はけっこういらしたようなので「これですっきり♪」という感じがして大きな変更かもしれません。

みんなでタスクを共有するなら Trello が使いやすい

f:id:nokiba:20170917101311p:plain

https://trello.com/tour


この画面から推測されるとおり、タスクはカード形式で、上下左右にドラッグして動かすことができます。

他にも機能は様々ありますが、この点がやはりいちばん目につくところでしょう。

「直感的な操作ができる」というのは、「他の人から見ても同じように見えるだろう」という程度の意味に使われていることが非常に多いものです。

世の中がアナログ一辺倒だった時代には、そうそう「直感的に」などと言われることはありませんでした。物理的なものの場合、「他の人の目にも同じように見えているだろう」というのはおおむね自明のことだったからです。

ところが今の時代「相手も同じものを見て、同じように思っているんだろうか?」ということがしょっちゅう心配のタネになります。そして、この種の心配をしなければいけない立場の人、もしくはとにかく心配性の人は、安心する必要があるわけです。

タスクシュートのように、自分だけが使うツールであれば、そういう心配は要りません。自分のタスクリストが他の人の目にどう映ろうが、知ったことではないからです。

しかし、たとえば1つのメールを共有したとき、そのメールの差出人が「すごい怒っている」と見えた人にしてみれば、共有者が同じように見ているかどうかが、問題になります。

「早く対応しないと!」と思っている人からすれば「え、まだ見てないけど・・・」という共有者の対応は、それ自体心配の種であり、できれば早急になんとかしてもらわないと落ち着きません。

Trelloを使うと、少なくともある「懸案事項」を共有者が「対応中」なのか「見てもいない」のかを、目で見て判別できます。アクションを起こしていないということ自体がハッキリ見える。それが「共有タスク管理ツール」では重要な要素なんだろうと思います。

「どうせみんなきちんと使わないし見てもくれない」とはよく言われることですが、それはしようがないのです。タスク管理に限りませんが、この種のツールは「90%以上心配性の人がいじる」ものなのです。

「心配性の人」の安心材料としてどのくらい機能するかが大事です。

自分のやりたいことがはっきりしないとき、失敗リストを役立てる

これは別にストイックな話ではありません。

失敗したことの中には、自分がやりたくて仕方がなさ過ぎて、というものが多いと思うのです。

テニスをしていていると思うのですが、私たちのレベルにおいては「強制されないミス」による失点が非常に多いのです。要するに絶好球が来て「来た!」と思って決めにいって勝手にネットする、という類いです。

テニスでこれをやるのは全然いいんですが、現実にこれをやると意外と「トラウマ」になることが多い気がします。

つまり絶好球を「来た!」と思って振るとトラウマになるという流れで、非常にやりたかった諸々がトラウマのタネになってしまえば、「自分のやりたいことが分からない」という結果になって当然ではないかと思うわけです。

ミスを探す

やりたいことを軽々しく試し、やや浮つき気味に生きてきた私には、こういう経験が多いわけです。

だからやりたいことを見つけるには、ミスを探すわけです。そこには当然失敗の記録にまつわる苦々しい記憶が残っているわけですが、その前に「やりたかったからやってしまった」という動機づけが見つかりやすいのです。

人間、失敗をすれば、特にそれで痛い目を見ると「2度とこんなことをするものか」と思ってしまいがちですが、2度としたくないのは「失敗」のほうであって、失敗を作り出した行為そのものを2度としたくないわけではないはずです。

(ろくでもない男性とつきあってその体験に絶望した女の子が2度としたくないのは、その男性とつきあうことであって、恋愛全体ではないはずでしょう、といった話です)。

この2つを分けるわけです。と言っても感情的にそんなにうまく分かれてくれませんが、概念の中では分けるべきです。

それができれば、やりたいことが見つかる上に、やりたいことをやろうとした失敗の記録(記憶)も同時に手に入り、いまならやりたかったことをもっとうまくできる可能性が高くなっているということになります。

ミスのレビューは「カイゼン」以上に、やる価値があります。

Apple Watch Series 3 買います!

www.apple.com

これで電話を取りたいわけではありません。古いスパイ映画みたいですしね。

iPhoneを家に置き去りにしたいということも、ほぼありませんから、Simが入ることの意味はそんなになさそうですが、でも、Apple Watchというのは買って初めてその良さがわかる代物です。というか、でした。

ですから、これは買ってみないとわからないんです。そういうものなのです。買ってから、その良さを確かめることにします。

個人的に期待するのは、音楽です。散歩中は、もうiPhoneなしでもいいです。音楽が聴ければ。メモも、いちおうとることができますから。

あと、Series 2 はことのほかバッテリがー保ったので、同じくらい保つならば、むしろ鞄の中などでiPhoneを充電しておいて、Apple Watchだけ身につけていられるという安心感が得られます。iPhoneのほうが頻繁にバッテリーがなくなるからです。

ただ、Simが入ると、どうでしょうかね。

問題の1つは、写真でしょうか。意外にこれは、外出中ほど、使い勝手が良さそうなのです。ただ、外出時は写真が撮りたくなるシーンが多いので、そこが両立しないというか。iPhoneを持たないといちばん困るのが、写真をiPhoneで撮っているから。

たすくまの入力ができないと困らないかと言われそうですが、行程の定まっている移動中というのは、どのように移動したかの記録さえ残れば、後から記録を簡単にできるので、そんなには困りません。

 

その空間で集中できますか?

やる気スイッチが入る余力を残すため、

必要のない文字情報を視界から減らすのは

効果的だと思う。

www.kodosaba.com

これはなるほどと思いました。

妙に高級ホテルのような空間では、なんか無色透明な容器などがよく使われているのは、広告が安っぽさを連想させてしまうからでしょうが、そういう空間で「煩わしさ」を客に思わせてはいかんのでしょう。

これをライフハック的に要約すると、次のような記事になります。

1.「今」必要のないメールは「見えなくする化」
2.「今」集中すべきメールは「見える化」

という2つの状態を行ったり来たりしながら「今」必要なものだけが「見える」ようにします。

「見える化」したら「見えなくする化」 | シゴタノ!

つまり、いま必要な情報だけが見えるようにしておくべきであり、それが徹底されてしまえば、高級ホテルのように快適空間を作り出せるかもしれません。

少なくとも仕事場をできるだけそれに近づけていくのは、必要なことという気がします。

 

 

タスク管理が重荷になるとき

もし失敗したら,自分が属する社会集団に対する侮蔑的な固定観念を強めてしまう――という心配が「ステレオタイプ脅威」だ。

例えば白人の若いスポーツ選手は黒人選手を下回る成績に終わるのではないかと恐れ,高等数学を学ぶ女性は男子学生よりも低い点をもらうのではないかと心配する。

この不安にがんじがらめになると,学業やスポーツ,仕事で実力を発揮できず,成績が上がらない。

 

ステレオタイプ脅威 | 日経サイエンス

人間の心理的思い込みというのはことのほか力強くて困ったものです。

ちなみにこれはポジティブなステレオタイプでも作用すると言われます。「アジア人は数学が得意である」というステレオタイプを「思い出させて」からテストを受けさせると、そうしなかった場合にくらべ、数学のテストにおいてアジア人の成績が向上します。

ステレオタイプ脅威とは少し違いますが、私はタスク管理についても、必要以上のイメージというか役割が付与されているせいで、ユーザーが「実力を発揮できなくなっている」ケースがたくさんあるのではないかと思っています。

たとえば、特にタスクシュートはそうですが、これは「ただひたすら記録を残す」ことに専念しているうちに、いろんな効用を自動的に得られるというところにツールの長所があると思っています。

成果物を生み出すための「仕組み」があるとき、その「仕組み」は日々のジャーナルを材料として組み立てられたものである、と言えるのではないかと思います。

何もないところから急に「仕組み」がふわっと生まれることは考えにくいからです。

すべての作業過程を記録に残し、そこから不要なものを取り除き、必要なものを付け加えた結果が「仕組み」というわけです。

cyblog.jp

しかし、「ただ記録を残しているだけで意味がない使い方をしている」とか、「それによって目標を達成するのでなければ本末転倒」といった「ステレオタイプ」のおかげで、ユーザーがよけいな心理的負担を背負い込むことがあります。

そうすると「使っているだけでストレスになる」という、私がぜんぜん感じていない「ストレス」を勝手に「追加」してしまって、思うように使えなくなるわけです。

タスク管理は意志力をテストするものでも、夢に近づくためのものでも、3日坊主に終わることをあざ笑うためのものでもありません。それによってなにが達成できたかできなかったかといった否定的な判断は、だいたいにおいて社会的な刷り込みに近い思い込みが作りだしている幻想なのです。 

未来のタスクとは過去の記録であり、未来の計画とは記録のレビューであるということ

choiyaki.com

こちらの記事には非常に大切なことがいくつも述べられています。タスクシュートユーザーはぜひご一読して欲しいです。

タスクシュートは毎日のタスクリストですが、プロジェクト単位であれ、チェックリストレベルであれ、基本的に計画=記録となるのが理想的です。「遠足のしおり」の持ち物リストは、そこに書かれていることを全部リュックサックに詰めたら準備が終わっている、というのが一番いいはずです。

プランしかない、というのはとっても困ります。チェックリストにチェックを入れたら、片端から消えていくというリストがありますが、あれだと、何をいれたのかカバンを見なければ分からないということになってしまいます。間違ってチェックしても、やっぱり分からなくなります。

プロジェクト管理などの場合は特に、いままでやってきたことのほうが、これからの計画などよりよっぽど大事なことがよくあります。リストがどんどん消えても、残りの仕事が見た目上減ってうれしい、と言う程度のメリットしかありません。せっかく何月何日に何をしたという記録が自動的に残るのに、それが隠されていくのはとても残念な話です。

たすくまのチェックリストは、まだ実行していないタスクのためにあり、メモ欄は実行後のタスクのためにある。そうとらえると、チェックリストとメモ欄それぞれの使いかたがはっきりし、チェックリストの用途もひろがるのではないかと思います。(太字は佐々木)

「たすくま」のチェックリスト活用法3選 – iPhoneと本と数学となんやかんやと

 

たすくまに触ったこともない人には、何のことかよく分からないかもしれませんが、チェックリストというのは基本的に全部、こうあるべきだといつも強烈に思っています。これを海外旅行などのために何度か使い回してみたら、毎回一から真新しいチェックリストをこさえて、それを捨ててしまうという行為の大変な理不尽さが、火を見るより明らかになるでしょう。

「冷蔵庫の中身、ここ数日のメニュー、季節感、スーパーの安売り、自分と家族の好みなどを加味して今夜の夕食を考える」

一般に家事と呼ばれている「掃除」「料理」「洗濯」といったことばからは思い浮かばないかもしれない、だけど生活するには絶対に欠かせない細かな家事でした。

www3.nhk.or.jp

こういったことがストレスになるという問題は「夫婦の意識差」なのかもしれませんが、意識差を埋めるだけでは相変わらずどちらかにストレスが残ったままになります。

ここにあるのはリピートタスクであって、ログを残すことと、ログをプランにするという流れで解決可能です。 

ここ数日のメニュー、季節感、スーパーの安売り、自分と家族の好みなどをそれぞれ検討して「プランを立てる」となると、とても難しくなりますが、数日間何かを作ってみてその記録を残していけば、そこには当然「数日のメニュー」が一望できますし、季節感も何かしら反映されているでしょうし、スーパーで安いものを買っているでしょうし、家族の好みも無視されてはいないでしょう。

季節感を考慮して、特売を考慮して、家族の好みを考慮したメニューは、すでにあるのであり、ただそれを忘れ去るか捨て去るかした上で、また一から作り直しているか、他の人にも作ってもらおうとしていると、どうしてだかストレスになります。

リピートタスクのログは常に、文脈を反映します。人は文脈を無視した行動を繰り返せないものです。したがって、まずプランを未来に投げようとせず、それがストレスだと思ったら、やってることを記録に残し、それをそのままプランにしてしまえばいいのです。

「名もなきタスク」はゼロにする

先日、妻がNHKのテレビを見て教えてくれた話なのですが、タスクシュートユーザーなら放送中に「!」と思ったかもしれません。

www3.nhk.or.jp

「名もなき家事」はありません。本当に名前がないと、放送もできなくなってしまいます。現にここで取り上げられているすべてには、名前がつけられています。

「洗剤、柔軟剤、シャンプーなどを詰め替える」「製氷用の氷タンクに水を補充する」「冷蔵庫の中身、ここ数日のメニュー、季節感、スーパーの安売り、自分と家族の好みなどを加味して今夜の夕食を考える」「トイレットペーパー、ティッシュペーパーなどストック品の残量を確認して購入する」「洗濯機のゴミがたまるネットのゴミを捨てる」…。

「シャンプーなどを詰め替える」は「シャンプーなどを詰め替える」です。

「製氷用の氷タンクに水を補充する」も、同じです。

名付け方が強引かどうかは問題ではないというより、むしろ強引なほうがベターです。ここが小洒落ていると、自分で分からなくなるからです。

名前のないタスクというのは、たとえば「たすくま」だとこうなります。

f:id:nokiba:20170911062641p:plain

 

この、クマのシルエットの後ろが真っ白なのが「名前のないタスク」なのですが、一見見ただけでもこの「異常な感じ」からして、何か埋めたくなるのが人情です。

いったい私は何をしようとしているのか?!

ここに強引にでも名前をつけるところが、タスク管理の第一歩になります。

#野望の会 はびっくりするほど盛り上がっていた!

昨日、野望の会というイベントを見学させていただきました。

コーチの大下千恵さん( @yawn_c )が主宰されているイベントです。

oshitachie.com

最初から参加していたわけではないのでこっそり裏口から入るように部屋に行ってちょっと驚いたのが参加者の若さと、びっくりするほど盛り上がっていたことです。

「なんでこんなに盛り上がるんだ?」

というのが、見学中ずっと考えさせられていたことでした。

この会の趣旨は、1時間ちょっと拝見しただけで「趣旨」を言うのもアレですが、参加者のポジティブな本音をなるべく全員に言ってもらうことです。

イベントを主催する人間として、これは誰しもめざすところではありますが、仕事とはいえうまくできるものではありません。

大下千恵さんは、この種のことが私などより得意ということはありますが、そうは言っても大人はなかなか公の場で本音など口にしないように自己規律していますし、ましてポジティブな本音を、何もなく口にする習慣を持ってないので、誰にしても参加者全員にポジティブな本音を語ってもらうというのは難しい話です。

そこで創意工夫に満ちた小道具やステップを用意しなければいけないわけです。

盲点としての長所

「承認欲求を満たす」というのは、いろんな意味で話題に上る話ですが、やっぱりそれだけインパクトがあるということです。でないなら「気にしない!」「気にしちゃう!」の行ったり来たりだけでここまで議論になるはずがありません。

そんな承認欲求ですが、人がなにによって満たされるかといえば、盲点としての長所を指摘されたとき。そしてそれが客観的に意味をなすように思えたときなのだろうと思います。

「盲点」というのはいわゆる「ジョハリの窓」という考え方にあるもので、「自分は知らないが他人の知っている自分の事」を指します。ちなみにその逆である「自分だけが知っていて、他人の知らない自分の事」を「秘密」といいます。

「盲点」にはもちろん、長所だけでなく短所もあるでしょうし、それを指摘されるとかなり気分が落ち込むでしょう。つまり、「盲点」を指摘されることは、長所であれ短所であれインパクトがあるのです。

「野望の会」は盲点である長所を指摘しあって、しかもそれを共有することで、たまたま1人だけの見解でないことを保証する仕組みになっていました。これが盛り上がりを牽引したのだろうと思いました。

 

毒親?押見修造さんの『血の轍』をおすすめしたい

 

血の轍 1 (ビッグコミックス)

血の轍 1 (ビッグコミックス)

 

まだ私は第1巻しか読んでない。昨日Kindle版の第1巻が出たばかりなのです。ちなみに紙の本と同日発売!

押見修造さんの作品は、私はすべておすすめだが、本作はそれにしても素晴らしいと思う。

表面には現れてこない「難しい親」の問題があるときの、独特の不安感がこれ以上ないくらいよく描き出されている。えぐり出されていると言ってもいいくらいです。

この母親には、別になんの問題もない。ように見える。しかし何か問題があるような感じもする。そんなとき、傍観者はなんというでしょうか。

「ちょっと過保護、っていう程度?特にこれと言って・・・」

といった感じではないでしょうか。

ちなみにこの「過保護」のところには何が入ってもかまわないはずです。ただ、「無問題ではないが、そんなことをいえばみんなそうだ」あたりのニュアンスが出ないとダメです。

「ちょっとサディスト、っていう程度?特にこれと言って・・・」

というのは成立しません。

何か大きな問題が発生した「後からであれば」いろんなことが見えてくるけれど、事件がなければほとんど表面化しない問題を抱えている。それを事前に診て取ることができるのは、心理カウンセラーや精神分析家などといった「専門家」なのですが。

第1巻の最後になって、大きな事件がようやく発生しますが、その前にも不吉な雰囲気のようなものを作者は伏線としていろいろこぼしておいています。このこぼし方が押見さんのすごさの1つですね。

読書の進みが遅くなってきたときにやっている2つのこと

1つは、書棚の整理です。

ごく簡単にでもこれをすると、非常におおざっぱな言い方ではありますが、「読書の意欲が整理される」のでしょう。

だいたい自分の本棚というのは、世の中にあんなにある本の中から、わざわざ選び抜かれて買い足された集合のわけですから、いってみれば「読みたい本の典型集」なのです。これを整理すれば、次に読みたい本が出て来て何の不思議もありません。

もう1つが、「1冊ずつ読むことにすること」です。

複数の本を並行して読み進めているうちに、どれもだんだん読まなくなってくるということがよく起きます。

読書は複数へ移行する人もたくさんいて、だいたい私より読書家ですが、私が真似をすると「読みたい本を抱え込む」結果になってしまって、あんまりいいことにならない気がします。

何しろ本というのは多いので、義務感からもそうでなくても焦燥感にとらわれることがよくあります。1生に読める本の数・・・といったあれです。

とはいえ、一生に読むべき本であれ読みたい本であれ、全部は読めるはずがないので、とにかく1冊だけを抜き出すというのがやっぱり必要です。

先日、Kindleで読書が進むようになった記事をあげましたが、あれも「1冊に絞り込まれる」効果が大きいのです。Kindleで読んでいると、「ライブラリ」にはたくさんの本が入ってはいますが、通常はすぐ目の前に現れる「前の続きのページ」から読み継ぎたくなるし、すぐそうし始めるから出す。

 

nokiba.hatenablog.jp