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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

この自律神経失調症めいたのは結局パソコン依存のせいかと憂鬱

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まだあまりちゃんと調べてませんが、思い当たる節ありで。

そもそも、最近なんだか更年期障害めいてきていて、そういえば母がそうだった、女性ならではのもんではないのかとか考えつつも、自分も歳をとったとおもいしるわけです。

そうはいっても、仕事でMacやらiPhoneやら使わないわけにいかないので、何とかその時間を短くして、あとはムダにイライラしないようにするくらいしか、ネットみただけでは思いつかないな。

そういうわけで昨日温泉に行ったりしてみたのですが、呼吸に気をつける、か。

まだしもKindleとポメラの画面は大丈夫なので、(考えてみるとなぜポメラは大丈夫?)そのへんに多少光明も見いだせそうではありますが。

仕事を一人だけで仕上げるのはおそろしく難しい

私には、いまだに漠然とした情念のようなものを抱えつつも、あまり手を出しにくい分野があるのです。KDPです。もうとっくにやっているべきことなんですが。

昨日、出版社の方と新企画の打ち合わせをしている間、ずっとこのことがアタマにあったのです。企画の打ち合わせも、編集さんによる校正も、編集さんへのいいわけも、なにもかもがないKDPの何という難しさ。

大学へ行ったのは彼女を作るためだが大学構内では彼女を1人も作れなかった問題

このブログで、小見出しを使ったのははじめてではないでしょうか?

さておき、もう自分ではいい飽きていることとして、私は大学へは、「彼女」を作りに行きました。英語学科という学科を選んだのも、第一義的には女子率が高いというだけの理由でした。

「彼女」がそんなに欲しかったのは、もちろん性愛的な理由も大きいのですが、いま思うと

  1. 「彼女と一緒」でないと格好のつきにくい活動をたくさんやってみたい
  2. 起業したい

ということだったと、いまならわかります。しかも1と2は、当時の私の中では、リンクしていたのです。

たとえば私は、少なくとも当時は、「彼女と一緒」でないとテニスサークルなんてやってられないと思いつつ、サークル活動というのはしてみたかったのです。

そういう自己肯定感が、底辺系に低い人間としては、異性から承認されるということによる効果は、おそらく絶大と思えました。その承認欲求を満たしつつでないと、新しいアイディアをビジネスとして世に問う、などということは、到底不可能に思えたわけです。

私が大学に入学した1993年というあたりは、Windows95前夜であり、いまならイメージできるライフハック系ITビジネスなどというものは、実質的に目に見えるところには存在せず、そんな曖昧模糊とした得体の知れないものを「ビジネスにする」などという情念は、自尊心の低い私にとって、盲目的(つまり恋愛的)で熱烈(つまり恋愛的)な賛同者(つまり彼女)の存在なくして、実行に移せない代物だったということです。

しかし大学で私が「彼女にできた」女性はゼロ名だったので、当然4年間何もせずに過ごすような形になりました。いま思うとこれでよかったのだという気もします。あの当時の私の能力とIT環境(というものはなかった)では、起業などしていてもただ「面白かった」だけで終わったことでしょう。

ただ、いまこんなことを思い出しつつ、昨日の打ち合わせに戻ると、自分がたしかに書けるものを書くということであっても、パートナーが居た方が圧倒的に仕事は進めやすいのです。むしろ当時の自分は「孤高の天才」とか「創造性は個性に宿る」といったことがらを、中二病的といって悪ければ実存主義的に妄信していたので、その時にすらパートナーが必要だと思っていたようでは、いま1人だけで仕上げられる気はまったくしないのです。

仕事のパートナーとかいうのは実のところ、発酵だとか化学反応だとかそんな説明はまったく必要なく、ただ、「相手が壁とか鏡ではなく人間である」だけで十二分だと思えるのです。

 

POWERS OF TWO 二人で一人の天才

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第41回のきばトークのこと

なぜか、すでに41回も続けてきているのきばトーク。

今日もまた、ほぼ40回にわたって付き合ってくださっている倉下忠憲さんとのトークでした。

 

 

今日の内容は、2人がどのくらいイメージを共有できているのかを探りつつの「僕らの生存戦略」について。

だいたい「僕ら」とは誰らなのか、その中に倉下さんと私は入っているのだろうか?

そして、「生存戦略」に沿って生きていけば、少なくとも平均寿命の15年手前くらいまでは死なずにすむのか?

といった話でもないわけですが、生きるってことは、いろんな意味で難しいと思うのです。難しくないという人も多いかもしれませんが。

いまの時代がかくべつ難しいとも思えませんが、いまの時代にはならではの難しさがあります。

私はちなみに喋っている間中、次の本のことが念頭にありました。

 

<いま・ここ>。何百億人の個人が、生まれては、消えていった。

その活動の痕跡としての、現在の成果。

僕が一個人としてそこに<参加>すること。

「歴史」は、自分の外を流れていく何かではなくて、自分自身がその一部であるもののはずだ、「宇宙」のように。

僕自身が宇宙の一部であり、歴史の一部なのだ。

 この地上で、この身体を使って、僕という素材を使ってできる、最大限のことは何だろう

 

 

「ひきこもり」だった僕から

「ひきこもり」だった僕から

 

 

こういうことと、いったい「ライフハック」なんてものをどう折り合いをつけられるというんだ?!と思われそうですが、折り合いなんか付かないでしょう、常識的に考えて。

だから私はライフハックに、なるべく絞るべきだと思っているわけです。

Wunderlistは終わらせないで欲しい

gigazine.net

 

という、ぜんぜん心躍らないニュースが飛び込んできました。

私はWunderlistをタスク管理ツールではなく、カタログ管理兼ネタ帳として使っているだけのため、そこまであれこれ言う資格などないとは思うのですが、ちょっとだけ。

タスク管理としては、タスクシュートになれない以上、私としてはWunderlistでは無理ですが、それはそれとしてWunderlistは使いやすいと思います。

まず、無料なのにこれ1つでたいていのことがやれます。いつものセリフで恐縮ですが、当たり前のことが当たり前にできるツールは、優秀です。

左サイドにフォルダとプロジェクト管理、中央にタスクリスト、右サイドにはタスクの詳細とサブタスクやメモ欄、という配置はきわめて常識的でわかりやすいです。

ユニークなインターフェースもそれが必然ならいいのですが、通称をわざわざ微妙に変えてあるとわかりにくくなるだけです。

それにWunderlistは同期がちゃんとしていてちゃんと終わります。多くのOSにも対応していますし、ブラウザ版も問題なく動きます。そして私としては重宝しているのが、ウェブクリップとしてタスクを作りだす機能。「カタログ」として使っているため、「この本いつか買おう」と思ったら即座にウェブクリップできるのは、とても便利なのです。

To-Doはそのへん、どうなるんだろう? いくつかの記事を読む限りでは、基本はさほど変わっておらず、やや機能が減らされているだけに見えるので、やるほうとしてはこの改変に意味はあるんでしょうが、私にはほぼ無意味としか。

いっつも思うことですが、タスク管理ツールを開発している人のなかには、自分の作ったツールではないツールで、仕事をしている人、いません?

「うろおぼえ」をいかに活用するか

娘も小学校2年に上がり、「漢字テスト」などというものを持ち帰ってくるようになったので、「漢字は書き取りが一番難しい」という当たり前のことを思い出しました。

認知心理学で記憶想起について、一般に、想起を容易にするには、想起トリガーやマッチングのヒントを用いるとよい、というアドバイスがあります。

たとえば、「挨拶」という漢字のテストは、「アイサツ」だけを手がかりにするのがもっとも難しく、次の中から選べというのはかなり簡単な部類に入ります。

娘も当然のことながら、1〜2年の漢字がようやく「書ける」程度ながら、「読む」だけなら小学校6年相当に入ってきています。

21世紀以後、漢字が「書ける」ことがはたしてどれくらい必要なのかという議論がすでにあるはずです。私が苦労なく現代日本語の文章を打てるのも、ようは「変換」しているからで、漢字変換は「読めればできる」ものです。

ここに、ライフハックが認知心理の原理に沿っている典型的な事例があります。私は「書くことができるほど漢字をしっかり覚えていないが、マッチング検索なら容易にできるくらいにはうろ覚えできているから、機械はそれをサポートすればいい」のです。

シゴタノ!の大橋悦夫さんは、そういう「うろおぼえを活かすライフハック」を考え出す能力が抜群で、最近の記事からもそういう性質が強くうかがえて、大変面白いのです。

 

たとえ自分で決めた方針であっても、そのすべてを覚えていられるはずがありません。

また、方針を作れば作るほど、いくつかはお互いに矛盾する組み合わせも出てくるでしょう。脳はそういった矛盾があると、本人も気づかないうちにその時の自分(ここでは脳ということになります、ややこしいですが)にとって都合のいい方を残して、他方は忘れたことにします。

こうして、どんどん思考回路が書き換わっていくので、「これは重要だ」と思えた方針は脳の外にバックアップして退避しておく必要を感じています。

言ってみれば、思考のブックマークです。

そのための仕組みがタグ「Setting」というわけです。

cyblog.jp

 

 

 

理解できないものはメンタルパワーを消耗させる

 

愛蔵版 CIPHER 【電子限定カラー完全収録版】 1 (花とゆめコミックス)

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 その昔『サイファ』というとんでもないコミックを読み始めてとても困ったことがある。

なにがとんでもないって、主人公が双子で、見分けがつかないのだ。そこへもって来てこの双子は入れ替わって周囲を欺くというお話。読者のこっちが欺かれて何が何だかわからなくなる。

その上この双子たちには愛称まであって、その愛称も入れ替わるのだ。

どっちのカオがどっちの名前で、いまどっちだということになっていて、どっちのニックネームで呼ばれていて、それはなぜなのか・・・。

が、これが全巻読み終わる頃には、間違えなくなっている。人間の脳はすごいのである。ついでにいえば、ちゃんと描き分けきっている作者はすごいのである。似ても似つかないカオなら、成立しない話であるし。

ロシア小説についてよく言われる苦言と、このマンガを読み出したときに感じた精神的苦痛は似ている。『罪と罰』の「ラスコーリニコフ」ならなんとなく頭に入るものの、彼はよく「ロージャ」と呼ばれるがなぜなら本名が「ロジオン・ロマーヌイチ」で「ロージャ」はその愛称なのだ。

ちなみにもうほとんど関係ない話ながら「イオセブ・ベサリニオス・ジェ・ジュガシヴィリ」という有名な「ロシア人」は通称「スターリン」と呼ばれていた。

理解できているという状態は、非常に大事である。サイファとシヴァという双子は物語の設定上あまりに似すぎているにもかかわらず、3巻目を読んでいる頃には、2人を見分けることはまったく苦にならない。したがって疲れない。脳は、見分けているにもかかわらず、エネルギーを消耗しない。

逆に、見分けがつかないフェーズにおいてこそ、脳は仕事ができていないにもかかわらず、消耗してしまうのである。MPを消耗していると、人はイライラしてしまう。

Mediumに浮気してましたが戻ってきてしまいました(笑)

あっち行ったりこっちいったり、自分でもうんざりしています。

が、とにかく戻ってきてしまいました。

理由は単純で、Mediumが見づらい気がするからというだけです。

アップも、べつにはてなに比べて容易という気もしなくなりましたし。

ブログタイトルだけ変えて、こちらに戻ってきました。

とりあえず今日は以上です。

いいことがなにもなくても、自分の正しさは守られなければならない

アガーフィヤ・ミハイロヴナにとってはじめての、水をまったく加えない方法で煮られているのだった。これはキティが実家で行われている新しいレシピを持ち込んだものだった。

これまでずっとジャムを煮るのをまかされてきたアガーフィヤは、リョーヴィン家で行われてきた方法が間違っているはずがないと思い込んでいたので、これはこうするしかないと断言しながら、やはりオランダイチゴやキイチゴに水を加えたのだったが、それを見咎められ、いまやこうして皆の目の前でジャムが煮られ、アガーフィヤも水なしでちゃんとジャムが煮えるということを納得させられる破目になったのである。

いかにもカッカとして情けなさそうな顔で髪をふり乱し、瘦せ腕を肘までまくりあげたアガーフィヤは、焜炉の上で平鍋をゆすりながら、暗い顔をしてキイチゴをじっと見つめ、どうかこいつが固まって、煮えずに失敗しますようにと、心から祈っていた

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人はたとえそれが自分にとって良くない結果につながるとしても、自説の「正しさ」に固執するという様を、子供の頃から数え切れないくらい見てきた。

我は、事実なんかより、ずっと大事だ、人間にとって。

そんなことは子供の頃から誰だって数え切れないくらい目の当たりにしてきたはずなのに、この単純きわまりない事実を承認したがらない人が大勢いるばかりか、中には本当にそうではないと信じている人さえいるというのが、とうてい信じがたい。

だから議論というのは、よほど気をつけてやらないと、生産的なものにはなり得ないと思うのだが、このやっかいな心理的問題をトルストイでさえ、このくらいの手間をかけないと、なかなか説明できない。

エミリ・ブロンテが『嵐が丘』の中で、ひどい嵐の晩だかに「うちのろくでもない主人とわたしとでは、ちゃんと死後の裁きで差をつけてくださいよ!」と神へ祈るセリフがあって抱腹絶倒だったが、これも自我への極端な固執に違いはないが、これだとやっぱりズレている。それにここまで非宗教的な祈りとなると、さすがにあまり現実では聞かない。

アガーフィヤのジャム作りが失敗するようにと祈る様こそ、いかにも現実にありそうだ。

ぼくのブログを読む人が時々「佐々木さんはあまりに皮肉屋すぎる」と苦言を呈されるのだが、僕なんかトルストイの半分も皮肉が効かせられない。どうしてトルストイの本などは、学生が「魂を高める」読み物だとかされているのに、僕のはダメなんだろう。

「習慣化しましょう」では、なにも言っていない

やりたいことを習慣化するためにはどうすればいいか、というテーマについて語っていた時に、佐々木さんが「今日はこれだけ覚えて帰ってください」と言っていた言葉がありました。

同じことを繰り返すのではない。繰り返す同じことを見つけ出す

分かるようで分からない、モヤモヤする言葉です。

この言葉に至るまでに、「習慣とは技術のことである」という説明がありました。それを受けて僕の解釈は以下のとおりです。

習慣とは同じことを繰り返すことではない。繰り返す同じことを見つけ出して、継続させるようにする技術のことである

syakohon.com

言葉にするとどうしてもわかりにくいかもしれません。

でも習慣化とは技術習得なのです。

難しいことや、なかなかできないことがあるからといって、すぐ「習慣化しましょう」と言えばいいというものではなく、それで納得してしまうのもいけません。

技術とは、行為の手順を記憶すること。

私は娘を誕生からずっと見てきて、このことを思い知ったのです。

人間には、習慣として最初からできることなどなにもない。何一つない。

寝返り一つ、生まれつき自分でうてるわけではない。

寝返りとは、習得した技術なのです。

咀嚼も嚥下もなにもかもです。娘はいま6歳になりますが、それでもなお、基本的な行動のいくつかは、できはするけどたどたどしい。人が「かわいい」と感じるのはそういうところなんですけどね。

だからどんなことでも、およそ「習慣化」、つまり人が好む「無意識のうちにできる」というレベルに達するまでには、そうとうに「巧く」なっているはずなのです。

「巧い」ということは、ポイントはしっかり押さえられつつも、余分な力、余計な動きを加えていないということ。

その行為を為すならば、必ず、前回行ったように、くり返されるべきポイントだけは実行し、しかも他のことはしない。

すなわち「くり返されるべき同じこと」を見いだすということが、技術習得の目指す先にあるということになります。

しかしどんな行為でも、シートベルトをしめるといったことであっても、人は、それを最初にやるときには、「巧く」やれない。

車に乗れば無意識にしめられるようになった「シートベルトをしめる達人」(いまではたいていの人はそうですが)ならぬ「素人」だと、自意識を使う必要があるし、余分な力をかけている。だからやり忘れたり「面倒だ」と負担に思ったりもする。

 

 

正しい答えを出しつつ、そのことを説明するには、さらにリソースが必要だ

最近の教育心理学に登場した概念だと思うが「ジェスチャー・スピーチ・ミスマッチ」というものがあって「それは全くそうのはずだ!」と思っていたら、最近娘がこれを頻出させるようになって、とてもうれしい。

詳しくは以下のサイトで確認できますが、全部英語です。

Hearing Gesture: How Our Hands Help Us Think | Goldin-Meadow Laboratory | The University of Chicago

これは説明している内容と、身振りでやっていることが不一致であるような現象を指す。子供がよくやるやつである。

たとえばむすめが5歳前後の頃に「2時50分」を報告させようとするとよく「3時50分」と答えたりしていた。が、時計を見て「まだ3時になっていないこと」を自分のジェスチャーで同時に示していたりする。なのに「まだ3時じゃないのに?」などというと「もう3時になっているから」と「説明を始める」のである。

この種のことは、子供にはよく起こる。自分で答えたことの「正しさ」をうまく説明できなかったり、時にはまちがいを必死に説明しながら正解を出していたりするのだ。

さらに重要なことは、これら二つの相反する認知リソースが共存しているだけでなく、同時に活性し、機能している、つまり共起している点である。長さに基づく判断という優勢な反応を支える認知リソース(不正解)は、その強度の高さゆえか意識の上にのぼり言語的なアウトプットを生み出す。一方、言語的アウトプットを奪われた、一対一対応を支える認知リソース(正解)は、その場から退いてしまうのではなく、身体を通してそのアウトプットを生み出していると考えることができるだろう。

 

教養としての認知科学
教養としての認知科学 鈴木 宏昭

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 この教育的側面は大事だろうが私の興味はそこにない。私の興味は、大人における複数の認知リソースの共存についてである。

ある種の問題解決を迫られつつも、私たちはうまくその問題を解決できずに立ち置かれる、という事態はままある。しかしそのとき必ずしも「解法を知らない」とは限らないのだ。

すでに解決策を知っている可能性を、ジェスチャー・スピーチ・ミスマッチは科学的に暗示してくれている。ただ、それを言語化したり、その前に意識の上らせるためにも、もう多少の余裕が必要なだけという状況があるのである。

外が嫌いだからひきこもっているわけではなく、人が苦手だっただけという「発見」

漫画「10年引きこもってた人が外に出たようです。」1話目|石田 和人|note

 

私はひきこもりではないのですが、驚くほど共感できる内容です。

ぜひ読んでみてください。

このブログエントリのタイトルのように書いてしまうと、なんともありがちな、と思われるでしょう。でも絵が入ると臨場感が迫ってくるのです。

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絵というのは全く素晴らしい。私はこれを文で伝えようとするから無理がある。

ところでここのコマを、ただなんとなく引用しているわけではありません。

この人は「外の世界(自然物)」と触れることには動機づけが得られているのです。

縮めて言ってしまうなら「やる気」がある。

「やる気」とは、気力を放出するだけの意味がある、と脳が計算している特定の環境についての解釈を必要とするのです。

だから全く同じ川が流れていて、全く同じ木木が立っていて、全く同じ空気であっても、解釈次第では嫌悪または恐怖の対象でしかなくなってしまう。

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外は楽しいのです。人がいなければ(社会性を連想しないですむなら)。

しかし、人がいるからこそ楽しい、という人もまたいるわけです。

自然は楽しいのです。人がいないなら。

でも人間だって自然物です。考えようによっては。

ある種の人の「脳」にとっては、「人間がたくさんいてあれだ・・・」と解釈されている環境においては、気力を放出するだけの意義がない。なぜならかつて「頑張って気力を使ってきた」ものの、ろくな結果が得られなかったから、だと思われます。

「やる気」をだすには、気力を放出するだけの意味がある、と脳が計算している特定の環境についての解釈を必要とするのです。 

 

短時間で「完全集中」するメソッド

新刊告知です。

 

 

短時間で「完全集中」するメソッド
短時間で「完全集中」するメソッド 佐々木正悟

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単行本: 208ページ

出版社: 大和書房

発売日: 2016/8/24

 

収録内容

集中したい。あるいは他人を集中させたい。

そのように言う人は多いですが、集中しているというのはどういう状態か。

脳内の働きはどうなっていて、内省した際に、何をどう感じていたら集中できていると言えるか。

そんなことまで考えたことがないという人は多いものです。

本書は、どういう状態を持って集中というべきかについて考えながら、で、実際にはどうしたら集中できるのかを、筆者なりに検討している本です。

 

本書のベースとなる考え方・研究

Attention and effort 【英文】

 

著者について

著者は、イヤなことはどうしてイヤなのか。やりたいことはどうしてやりたいのかなどについて、心理学的に「解明して欲しい」とずっと願ってきました。

イヤなことがイヤでなくなれば、たとえば大嫌いな上司を好きになれれば、会社に行くのがとてもラクになるでしょう。

そもそも、会社に行くのがレストランに行くような気持ちでできたら、こんなに幸せなことはないだろうに、と毎日思い悩みながら派遣社員をしていました。

そんな「心の秘密」を知るためにカンザスシティの大学で心理学を勉強するようになったのが、2000年です。

結局、そこまで都合のいい心理操作はちょっと無理だとあきらめたのが2004年だったのですが、それでも、どうしてイヤでイヤで仕方がないものを大好きにできないのか、その心理的制約のようなもののからくりは、おぼろげながら理解できた気がします。

帰国してからはずっと、イヤなこと(家事や仕事)と「心理」との関係を、少しでも不合理でなくするためにはどうしたらいいかを、中心テーマに置いています。

サマーハックご参加の方へのプレゼント

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すでに残席「4」となってしまいましたが、お知らせです。

上記日程で、「ライフハッカーの飲み会」を行います。

なるべくいろんなゲストをお招きしておりますので、気になる方は以下のサイトからご確認の上、ご検討ください。

 

8月20日 サマーハック2016の特別ゲスト全員公開!どえらいことになってきた!! 

 

なお、参加者全員に、私の新刊と、岡野純さんの最新コミックを無料プレゼントいたします。

 

 

▼佐々木の新刊

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▼岡野純さんの最新コミック

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▼第1巻はこちら

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「押しつけない」のが難しいのは認知コストがかかるから

いまでは政治について考えるとき、「多数派の専制」は一般に社会が警戒すべき害悪のひとつとされている。

(中略)

社会それ自体が専制的になっているとき──すなわち、集団としての社会が個々の人間を抑圧するとき──その抑圧の手段は、政府の役人が行う活動のみに限られるものではない、というのである。

(中略)

社会が干渉すべきでないものごとについての命令であったりすれば、社会による抑圧はたいていの政治的な圧迫よりもはるかに恐ろしいものになる。というのも、通常、それは政治的な圧迫のように極端な刑罰をちらつかせたりしないが、日常生活の細部により深く浸透し、人間の魂そのものを奴隷化して、そこから逃れる手立てをほとんどなくしてしまうからである。

(中略)

役人の専制から身を守るだけでは十分ではない。多数派の思想や感情による抑圧にたいしても防御が必要だ。すなわち、多数派が、法律上の刑罰によらなくても、考え方や生き方が異なるひとびとに、自分たちの考え方や生き方を行動の規範として押しつけるような社会の傾向にたいして防御が必要である。

(中略)

一般論としては誰も反対しそうにないが、じっさいの問題として、どこに限界を設けるべきか──個人の独立と社会による統制をいかにうまく調整するか──となると、それはほとんど未解決のまま残されている課題である。

 

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引用がかなり長くなったが、この本が書かれたのは1800年代の中頃なのだ。

今でさえ同じ課題が難題なのは、「夫婦別姓」とか「渋谷区パートナーシップ証明書」、といったキーワードから容易に類推できる。 

多数派が、法律上の刑罰によらなくても、考え方や生き方が異なるひとびとに、自分たちの考え方や生き方を行動の規範として押しつけるような社会の傾向」というようなものは、今後もおそらくずっと存在し続けるはずだが、心理学的には「システム1」による直感を働かせる方が、「システム2」を動かすよりもずっと認知コストがかからず、したがってすばやく容易にできるから、ということになる。

 

バイアスとは、ある特定の状況で決まって起きる系統的エラーのことである。これから見ていくように、システム1は本来の質問を易しい質問に置き換えて答えようとするきらいがあるうえ、論理や統計はほとんどわかっていない。システム1のもう一つの欠陥は、スイッチオフできないことである。

(中略)

ところがシステム2は怠け者という性格を備えており、どうしても必要な努力以上のことはやりたがらない。そこで、システム2が自分で選んだと信じている考えや行動も、じつはシステム1の提案そのままだったということが、往々にして起きる。

 

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たとえば、あくまでもたとえ話であるが、「夫婦別姓を承認する法律を立法するべきであるか?」という問題について考えるのは、特にそれに心理的抵抗を少しでも感じる人にとっては、難しい。少なくとも「システム2」を発動する必要がある。

それで自分への質問を、答えやすいものに置き換えてしまうのである。

たとえば「一般論として、夫婦は仲良くした方がいいか?」といったように。

そしてこれなら「システム1」でも簡単に答えられる。特に自分が「多数派」に属している人にとっての「システム1」なら、この問いには容易に答えられる。

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とりあえず、これです。

とりあえずこれは、しかしとても長いです。

冒頭で挫折すると、この話のメインはぜんぜんわからないことになります。

一見ピアノ弾きの美少年の学園ドラマですが(実際そうなのですが)実はロシア革命の話だったりします。

ほとんど長編小説です。というか、ある意味ではそれ以上です。

 

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一言で言うと、RPGです。

RPGを最高度のマンガにすると、こうなります。

竹宮恵子さんは、少なくとも手塚治虫さんほど著名ではありませんが、あらゆるジャンルを漫画以外の何ものでもないものに仕上げてしまう能力では、手塚治虫さんに充分匹敵するというインパクトです。

どういうわけかたくさんの作品がUnlimitedで読めますので、しかもなぜかあまりそのことが話題になってない気がしますので、ぜひチェックしてみて下さい。

 

私を月まで連れてって! (1)
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同じく竹宮恵子さんの作品。

これは竹宮流の「ドラえもん」です。

かつ、ラブコメです。

これと上の『イズァローン伝説』を読むと、この人の守備範囲の広さの一端が垣間見られます。

『地球へ』もこの人の作品だったりします。(ちきゅうへ、とか読んだ人はぜひ探して読んでみてください。これもUnlimitedになっています)。

これで歴史マンガまで手がけていたりするんです。