佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

【睡眠】睡眠時間は中央値も気にしたい

私自身これはあまり気にしたこともなかったのですが、考えてみればなるほどでした。

睡眠時間といえば、7時間とか8時間、または3時間といった長さの話に注目が集まりやすいのです。

しかし、夜はつらく感じないのに、朝になるとやたらとつらく感じる、といった方が実際には問題で、まったく朝がつらくないほど「寝ていられる」人はいまどきどのくらいいるのでしょうか。

となるから「長さ」が問題になるわけで、たしかに現代の日本人の睡眠時間や非常に短くなっているので、この問題はなんとかしないとならないのですが、「朝がつらい」の長さだけの問題ではない。それもみんな知っているわけです。

そこで「睡眠の質」とか「深さ」といった問題になるのですが、質や深さは測りにくい上に、深めたり質をよくする方法には決定的な何かが欠けているようです。

もちろんこれらはこれらで、改善できるに越したことはないのですが。

しかしもう1つ、意外と見過ごしていたと思ったのが、何時に起きることになるのかという問題。「中央値」というのはココでクローズアップされるポイントなのです。

 

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なぜ生物時計は、あなたの生き方まで操っているのか?

なぜ生物時計は、あなたの生き方まで操っているのか?

 

 

 

私自身でいえば、だいたい夜は10時前には寝てしまって、6時前に起きるので、中央値はほぼ、午前2時となります。

言うまでもなく、これが遅れれば遅れるほど、「朝がつらい」ことになります。早起きが必要であれば。

睡眠時間が短くて大丈夫な上に、中央値が前のほうにあるならば、その人は「非常に朝が強い」ということになります。

これは単に習慣だけで決まるものと私は思っていたのですが、どうもそうではないようで、そのようなことがいろいろ書いてあって面白い本なのです。

早起きが必要な人はちょっと考えてみる必要があります。単に、早く寝るだけではなくて、いつ寝るかによって、起きやすい時間帯が決まってくるし、起きた時間に起きる意味がなければ、二度寝してしまうでしょう。二度寝は、中央値を狂わせてしまうのです。

つまり起きたい時間にぴったり合った中央値を探ることが、単に睡眠時間を長くしたり短くしたりするのと同じくらいには大事だということです。

【告知】のきばトークスペシャルとして「やる気クエスト」オンライン対談をお届けします

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12月2日(土)やる気クエストオンライン対談(佐々木正悟×岡野純)をやります | 純コミックス

 

明日、お送りします。

ほぼいつもどおり、ハングアウトで生放送。

YouTubeに録音録画をアップします。

もちろん無料です。

この「やる気クエストオンライン対談」は、「やる気クエストパーティ」というところで企画されたアイディアなのですが、こちらのパーティ、「野望の会」で持ち上がった企画のようなのです。

その野望の会、12月に今度は私も共催でやらせていただきますので、こちらもよろしければチェックしてみて下さい!

 

oshitachie.com

【メモ】Evernote、Todoist、たすくまのプロジェクトとタグを統一した

いったい何回こういうことをやれば気が済むのか!?

気が済むことなんか、きっとないのでしょう。

とにかく、表題のようなことをしたわけです。徹底的に。時間をかけて。

ということで、とりあえず満足です。

というか、冬の富士山のようなすがすがしい気持ちです。

つまり自分は、こんな程度の人間なのです。

心ゆくまでデジタル情報の整理軸を整理し抜くことさえできれば、満足なのです。

心のどこかでは、人としてそれではいけないような気もしないではないですが、大変な満足感を覚えているのも事実です。

次の本に登場する方は、多かれ少なかれ、私と同じようなところがあるから、ご登場いただいていると言ったら、怒られるかな? 

Evernote仕事術

Evernote仕事術

 

 

この本と、もう1つの私の本を元ネタにして、またしてもファンタジーを手がけているのが岡野純さん。この人も、たいがいと言えばたいがいですが、すごいと言えばすごい人なのです。

あの完成度のコミックを、会社員やりながら!

 

仕事脳を強化する記憶HACKS(ハック) ~ITツールを駆使して”第2の脳”を使いこなせ! (デジタル仕事術シリーズ)

仕事脳を強化する記憶HACKS(ハック) ~ITツールを駆使して”第2の脳”を使いこなせ! (デジタル仕事術シリーズ)

 

 

 

やる気クエスト(6) (純コミックス)

やる気クエスト(6) (純コミックス)

 

 

www.mag2.com

 

【心理学】行動科学と精神分析

フロイトとスキナー。

もはや「古典」といっていいと思うのですが、心理学史においてこの二人の名前はやっぱり水際立っていると思うのです。さすがにこの二人さえ知っていればいい、とは言えませんが。

この二人は、常識的には「これ以上ないほど意見が対立している」と見なしうると思いますが、そういう関係はしばしば「非常に共通点が多い」とも見なしうるわけです。

ワーグナーとブラームスのような関係といったら的を得ているのでしょうか?

気がつけばある行動パターンに陥っていて、そして困っている。

しばしば精神分析でも行動科学でも好適例として取り上げるのがそんな「強迫行動」です。

 

“隠れビッチ”やってました。

“隠れビッチ”やってました。

 

 

ちょっと気になった男性とちょっといい関係になるけれど、核心的なところまで決して至ることなく、関係を解消する。

男ってのはみんなバカだ。というわけですが、これを読んでいると私には、どうしてもマクベス夫人のことが連想されてしまうわけですね。

主体的に男をだましているならまだいいわけですが、というか良くはないのですが、「こうしないではいられない」だとすればそれは、「手を洗うのがやめられない」ようなもので、全然「胸のつかえが下りる」系の話ではないのです。

ギャンブルだろうとアルコールだろうと異性だろうと、「手を洗うのがやめられない」のはいったいなぜなのか?

行動科学なら「報酬により行動が学習されてしまったからだ」と答えるでしょう。

精神分析なら「対象関係に一種のゆがみがあって、ストレスに対して退行が起こる」というような話になると思います。

しかしそれは結局同じようなところに行き着くのでは?

幼児期の情緒関係を求めて人が「退行する」のは、そこに報酬を感じるからですよね?

それがくり返されると「学習行動」になってしまい、それをケースによっては「嗜癖」というのでは?

気がつけばやってる。そういう行動には、個性的な報酬パターンが存在するか、あるいは不快の回避が潜んでいるでしょう。そうであって不思議はないでしょう。他人にとっては意味はないようでも、高いところに行く前に必ず「100まで数える」からには、それによって高所恐怖症に対応できるという「経験」が先行し、先行をどこまでもさかのぼるなら、幼少期に行き着いても不思議はないのです。

夢の分析が役に立つのは、気がつけばそういう夢を見ている、ということが多いからです。私は、論理療法(認知行動療法の先駆け)の1つの弱みに、悪夢にはあまり効力を発揮しそうにないということがあると思います。これはいわゆる「目的論」にもあてはまります。悪夢を見るのには「目的がある」などと言われても、悪夢に悩む人には、ほとんど何の役にも立たない気がします。

気がつけば新しいタスク管理ツールを探していたり、エゴサーチしているからには、そこに報酬があるからこそで、報酬が報酬たるゆえんは、幼少期にさかのぼることができたりすることが多いのです。

【メモ】タスクとアイディアが一冊の本ではなかなか取り扱われないワケ

私はここに、現代まで語られてきた情報整理ノウハウに不備をみる(※)。

タスクとアイデアが別の手法で整理されることは難しくないのだが、必要なのはそれを一つの統一的な視点から語ることである。

つまり、まず統合的な「情報」の整理、という観点があり、その内訳として「タスク」と「アイデア」の整理が語られることだ。


※その点、野口悠紀雄の整理法は両方への視座があるが、タスクの扱いは雑である。

rashita.net

こちらのエントリはいろいろと興味深いことが書かれていますが、中でもこの一節が気になりました。

なんでこうなるのかは、わかりやすいのです。これを同時に1冊にまとめてしまうと、非常に分厚くなって、売れなくなりそうです。

また、両者を統合した本のタイトルという問題も出てくるのです。「ライフハックでいい」という人は、ライフハックにくわしすぎます。そういう人はほとんどいないので、売れ行きに響きそうなのです。

しかし、この本のジャンルは「ライフハック」を除いてありません。ここに独特の難しさがあるのです。

情報整理術ならEvernote(技術書コーナーへ)か「ノート術」(ビジネス書として扱われる)でしょう。

タスク管理であれば、ビジネス書コーナーでしょう。

では、両方を統合するとなると?

知的生産の技術、超整理法、Evernote、思考の整理術。

これらの本は、非常に売れ行きが芳しかったのですが、いざ同じような本を作るとなると、必ず二の足を踏まれます。

ビジネスパーソン向きには思われないのです。出版業界からは必ず、絶対に尋ねられるでしょう。アイディアをカードで発想したり整理することが、ビジネスパーソンにどのようなメリットをもたらすのですか?

また、こうも言われるはずです。Evernoteはほとんどの会社では使用禁止です。

したがって、アイディアの部分を取り除かねば、ビジネス書コーナーには置かれません。結果としてビジネス書としてはタスク管理術が残るわけです。

もちろん世の中には「抜け道」があります。それが「ノート術」なのです。100円ノートやほぼ日手帳であれば、ビジネスパーソンが使いそうであり、その込み入った工夫の仕方はビジネスパーソンに訴求します。

ノート術として、タスク管理とアイディア整理とライフログをいっぺんに取り扱うというのは、可能なのです。

でも、たとえばタスクシュートとTodoistとEvernoteを「総合的に」取り扱うとなると、たちまちハードルが高くなって、それは「技術書」となります。そして「技術書」においてそれらマイナーなサービスを取り上げるのはギャンブルです。やはり技術書には多くの人が使うであえろうWord、Excel、PowerPointの本であることが求められるのです。

だから、デジタルツール中心の「(ビジネス書コーナーに置いてもらえる)ライフハック本」というのは、たぐいまれな存在となるわけです。

 

【お知らせ】12-22(金)に佐々木正悟の新刊『仕事の渋滞は「心理学」で解決できる』発売予定です

 

仕事の渋滞は「心理学」で解決できる

仕事の渋滞は「心理学」で解決できる

 

書影がでてからと思ったのですが、考えてみると「書影出ました!」みたいなお知らせを受けるとは限らないので、わすれないうちに。

この本は、「仕事を溜めない」をメインテーマで書きまくった、という感じです。著者としてはそうです。

私が社会人一年生だったころには、仕事って「ある程度ためこんで、一気にかたす!」みたいなスタイルが主流だった気がするんです。あの時代は、Windows95黎明期だったもので、それでも良かったんです。クラウドもなかったですし。

しかし今このスタイルでやったら、ある程度以上一気に溜まってしまって、2度と片づくことはない!になりかねません。

本書で紹介しているのはもちろん、いわゆる「仕組み化」です。仕組み化の機能は「溜まらないようにすること」です。いろんな仕事の仕組みはあると思いますが、私がやっていること、推奨したいのはとにかく「日々、溜めない」ことなのです。

最終章では、最近連載記事にもした365式を、紹介しています。これもやっぱり「日々、溜めないこと」を模索した1つの結果なのです。

at-jinji.jp

いろんなことを毎日少しずつ削り取っていく、というやり方は、達成感も足りず、つまらないかもしれません。そこを心理的にサポートする発想法みたいなものも書いていますが、達成感を仕事に求めるというのは、ある程度は当然としても、危険なギャンブルなのです。

達成できなければ挫折感と残務が残るばかりですから。

【電子書籍】書店が電子書籍を出せるようにする事業はできないだろうか?

d.hatena.ne.jp

「それはむずかしい」理由はいくらでもあるでしょうが、今のままでも「難しい」のであればやれそうなことはやってみる、という考え方もあるでしょう。

著者と書店の間には、距離があります。はっきり言って、新しい本を出して、それが爆発的に売れているというのでない限り、著者は書店さんのところに行って、「どうも〜」などとやって歓迎されるものではありません。

ただ、十分売れそうなコンテンツが、事実上書籍として流通していないというケースは相当数あって、問題はもちろん、その「売れそう」なのが本当に売れるのか、紙を電子に直したとしても売れるのかというと、そんな事はないわけですが、でも売れる場合もあるのです。

上の記事にもあったとおり、仮にすでに書籍として存在しているとしても、その権利問題や、データ化の手間といったこともあります。

とは言え、一冊の本のデータ量などたかが知れていて、多くても10万字程度です。じっさいにはそれ以下です。直接スキャンするなどして「吸い出す」のに問題があるというのなら、書き直せばいいのです。すでにコンテンツ化が終わっているような本をリライトするなど、簡単なことです。(誤字などの編集だけなら、クラウドファンディングでもできますし、がんばって自力でやってもいい程度のことです)。

電子化に書店が携わり、書店では電子化したタネ本を売る販促にする。これによって売れる程度の売り上げは、あまり版元さんに意味はなく、著者にも売り上げ自体が利益になるわけではないので、この種のことは書店さんが主導するのがいちばんいいように思います。

また、紙が売れず電子書籍が売れても、書店の利益にもなる。(この点で現在のKindle化はいかなる意味でも書店側に利益がないのが厄介なのです。版元さんは決してそうではないのに)。

ただしこれを実行するには、今のような書店さんと著者の淋しい関係ではとても無理で、せめて「ご近所さん」としてでもつながっておく必要はあります。しかし現実には、そういうのこそいちばんむしろ難しく感じられるわけです。

ので、両者の間をもって、かつ、最低限度のKDP編集だけをやってくれるようなサービスって、登場しないだろうか? ということをふと思いつきました。

 

【タスク管理】私たちは思った以上にマルチタスクができない

好きな音楽を聴くグループでは、98%の被験者が1回の運転につき平均3回以上の安全性に欠けた運転を行い、32%がインストラクターから 言葉による警告や注意を与えられ、20%は事故を防ぐためのインストラクターによるステアリングやブレーキが必要であった。

小記事:運転中の激しい音楽は事故を増加させる:科学ニュースの森

こういう自覚は、おそらくないはずだ。多くの人は「好きな音楽を聴いていたほうが運転にはいい」と思っているに違いない。

おそらくこういった研究はあまりに直感に反するので、聴いている音楽を疑問視したり、何らかの形で研究方法を疑いたくなる人が多いだろう。

そういう懐疑は非常に有益だが、この結果は私の直感にはあまり反しない。私は仕事中、音楽は一切聴かない。

何か好きなことをしながら仕事をしたいというのは、仕事に注意したくないという心理だと考えるのが自然だと思う。高校生が期末試験の勉強をするとき、ラジオで野球中継を聞きたがるのと同じである。

音楽を「聞きながら」というのは、「耳は空いている」理屈から言っても、何ら仕事の妨げにはなりそうもない。まして、同時やっていることは運転である。知的作業とはちがう。

それでも妨げになる。

もはや、仕事と「同時に」できることは、呼吸くらいしかないのではないのか。それすらも怪しいという記事もある。

woman.excite.co.jp

カフェで仕事をする気になれないのは、つまりこのせいなのである。

【タスク管理】一時一事。他にいい方法はないです

jmatsuzaki.com

こういうセミナーをやるので、良かったら見に来てください。いろいろお話ししましょう。

セミナーテーマ自体はシンプルでして、

TaskChute CloudでGTD

というものです。

タスクシュートでもGTDでもとにかく意識すべきは【一時一事】。

1度に1つ。先のこと、他のこと、過去のことは考えない。

そうすれば先の展望が開けるというものなのです。

GTDはそれを実現するための全体俯瞰から始めるシステム作りであり、タスクシュートは実行基盤からスタートするシステム作り。

基本方針に違いはありますが、最終目的は同じです。

【一時一事】です。

マルチタスクでも、「無意識にできること」を「やりながら」、集中すべきことに集中するのは、別にいいのです。

誰もがそうしています。「呼吸をしながら」「ブログを書く」といったように。

でもそれを「マルチタスク」とはいわないのです。

GTDにたしかあったと思うのですが、「眠るべき時間」に「ずっとやってなかった仕事のこと」を「考え始める」のはまずいわけです。

それはもう全く【一時多事】そのものです。そうしないと不安だから、そんなことをするのでしょう。

マルチタスクというのは不安心理の表れなのです。

cyblog.jp

【ブログ】ブログを書く理由を考える

どこにでもいそうなアラサーOLの日記なんて、需要がないのは百も承知。検索にもひっかからないでしょう。アフィリエイトなんて夢のまた夢で(豚足のバナー広告が貼れるなら儲かるやもしれん)、広告記事の依頼などもなくなることでしょう。あーあ、金持ちになりたいナー!

yamama48.hatenablog.com

ときどき「やまやま」さんのこうした記事を読み、すると考えさせられる。自分はどうしてブログを書くのかということ。

まず第一に「他人のため」である。ただこの「他人」は具体的な人ではなくて、私の心の中の「他人」である。その中には読者としての自分も含まれている。

すでにこう言ってみて、誤解を招く言い方だと思う。これは客観的視点とかいったこととはなんの関係もない。

大地震が起きる。戦争が始まる。しかし新聞は朝、「破局を迎えた」かのような報道をしておきながら、いつもと同じような顔して届く。本当に地球人類が滅亡したら新聞は届かない。ましてあの、それほど傑作揃いでもない4コママンガを読むことはない。

私は新聞に傑作を求めてはなかった。有益な情報を求めてもいなかった。よくよくあったことは、「昨日ソフトバンクが日本一を決めた一戦のことをどう報道しているか?」を確認するために読んだりしていた。情報よりも読み物だった。私はソフトバンクファンではない。

人は「今日もこのブログが上がっている」と安心するところがあるのではないだろうか。やれやれ昨日あんなことがあったというのに、今日もこの4コマはこんなことを。やれやれ北朝鮮がミサイル打ってるっていうのに佐々木は今日も変なマンガを長々と分析なんかして。

新聞は私にとってそういうもので、別に新しいことを聞くようなことを求めていたわけではない。だから別に新聞でなくても同じ機能を果たしてくれればぜんぜん代替えが効くし、むしろ私の興味に関係していたり、知人が発言していた方がずっといい。私にとっての「新聞」を、このブログ読者に機能すればこのブログはだいたいのところいいと思っている。

自己満足。これはあるのである。自己満足することで他人が納得するならそれに越したことはなく、今のところ定期購読者がいるので、条件はクリアできている。「他人」のために書いていて、書くことに「私」は満足している。

もちろん常に全部の条件を満たせるわけではない。だからタイトルに【】を私は使い始めた。どの記事を読み飛ばすべきか、タイトルから読者に判断して欲しいのである。

この上このブログから仕事が発生したり、あまつさえ収入にもなるなら、いうことはない。そこにこのブログは届いていないが、「ブログ」というものがそういう可能性を否定されないツールであって欲しいと思う。

とにかく、会社員はできない。会社員になるよりは、どんなに非現実的でもアフィリエイトをやるほうがずっといい、という人は一定数いるはずである。その気持ちは私には非常によく理解できるので、どれほどあれなブログでも、本当のところ非難する気にはなれないのである。

ヒザを抱えたまま餓死するよりは、アフィリエイトをやった方がマシだと私は思う。しかし、会社員になるくらいなら、ヒザを抱えたまま餓死してしまいそうだ。その時「ブログ」というものがある、というのは、なんにもないよりはずっといいと思う。

 

 

【精神分析】抵抗しては先送りする

セリグマンの「学習性無力感」と言えば有名ですが、コントロールできない電気ショックを与えられ続けたイヌは、電気ショックから逃れうる状況におかれても、電気ショックから逃れようとせずうずくまったままであったのです。

セリグマンはこれを、電気ショックが回避できない、自分の行動が無力であることを学習したとして、学習性無力感とよびました。このイヌの態度と抑うつ的なヒトの態度の類似性を指摘したのも、よく知られています。

学習性無力感 - Wikipedia

 

ところでこのイヌに向かって、「もう大丈夫だから出ておいで」と言い聞かせることができたとして、イヌは素直に出てくるでしょうか?

たぶん出ては来ないでしょう。

こういうイヌの態度について、精神分析の用語で「抵抗」と言ったりしますが、「抵抗」というのはあんまりだという気もしないではありません。イヌにしてみれば、それを素直に信じるには、イヌだとしても素直すぎるという気にもなっているからです。

 

ということは、ヒトにしても同じはずです。

世界なんてぜんぜん信用に値しないところだと、おそらく自分の過程でイヤというほど学んできた人間が、いきなり見ず知らずの人間から「もう大丈夫だからでておいで」といわれたところで、なんでのこのこ出て行けるでしょう。またろくでもないショックをもう一発食らわされるのはうんざりです。

しかもこのきわめて妥当な態度に対して、「抵抗だ」とかレッテルを貼ってくる。

ある場合には、出ていかないのが、用心深くて賢明で「正しい」。

この場合にはしかし、この人ならと信用して、出ていくのが「正しい」。

「抵抗」ということはつまり、「治療者のほうではどのように振る舞うのが正しいかを知っている」という意味になるはずです。「治療に抵抗する」。薬を飲まなかったり、医者の言うことを聞かなかったり。

だって薬には毒が入っているかもしれませんし、医者は自分を陥れるつもりかもしれません。「自分の言っていることは正しいのだからそれに従いなさい」と言ってきたほかならぬ自分の親が、そういうことを繰り返しやってくれるような親だった人からしてみれば。

セミナーがあるといえばすぐに申し込むけどお金は払う気がしないとか、デートの日曜日を迎えて出かけようとするんだけど、気がつくとドタキャンメールを送ってしまうという形で「抵抗」する人がそこそこいます。仕事を始めようと思うと、ヤフー知恵袋を読むという形で「抵抗」する人もいます。

どうするのが正しいのかということは、結局わかりません。(わかってから動く、というのは一種の背理なのです)。だから自分でなかなか決めきれないという。「問題の先送り」というのはそういう心理によって繰り返されることが多いものです。

 

nokiba.hatenablog.jp

 

【タスク管理】自分の人生が気に入らなければ、それを変えればいい

jmatsuzaki.com

これはびっくりしました。

身近にいるものですから、そんな話は聞かされていたのですが、「またまた冗談だろう」と思っていたわけです、内心で。

私のような人間は、基本的に突拍子もない話を聞かされると、それは現実ではないと思い込んでしまうのですね。

こういう決定というものは、私はよく思います。「タスク管理の鬼門」だけれど、それはタスク管理のシステムのせいではない、と。

ベルリンに行く、というのはタスクでしょうか? 他のタスクから派生して出てくるものでしょうか? そんなことはありえない。

では、ベルリンに行ったらタスクが減るか? むしろ増えるでしょう。

つまりGTDだろうとタスクシュートだろうと、タスク管理システムというものは、基本的にその内部情報に鑑みながら最適行動を促すことはあっても、その外部からリセットをかけに来たりは、しないものです。

その点を取り上げて、「タスク管理システムに頼る危険性」をいったりするのは、非常識というものです。ノートやキカイは判断しない。判断するのは人間です。

現状のタスクのすべてが「くだらない!」と思うなら、タスクを生み出す環境なり関係なりをいったん精算すればいい。しかしそういったことは頻繁にやるものではないし、「何もかも、誰も彼もがくだらない」といったとき、人はしばしば「自分以外は」と無意識に言っているもので、その点だけは留意してもいいのでは、と思います。

ただ、タスクを生み出すのは原則として、環境なり、関係なり、なのです。タスクの大半が「やってられん!」というのは、タスク自体の問題というより、環境に問題があると思われます。

そして、だから、「一切のしがらみや制約や環境の許す条件などを検討せずに、あなたの純粋にやりたいことは?」という問いに、私はあまり意味を認めません。

そういう現実の条件なり、空間なりに、身を置く可能性は100%あり得ないからです。

ベルリン、いいなあ。

【野望の会】長野で「野望の会」とコラボレーションしてきました

これはブログであって私信ではないので、関係者へのメッセージやお礼は割愛させていただきます。

今回私自身は初めて、「野望の会」というものに「参加」する形になりました。

そのため、若干「野望の会」というものを理解していなかったところがありました。

野望の会では、参加者がめいめい、自分の野望を語るという形式を取ります。

それに対して、基本的に野望を承認する方向性で、カードを使うことで言葉を補う。

というものだと思っていました。

形としてはそうなのですが、実際そこで行われるのは、時間軸では未来、心理としてはポジティブに方向付けられているとは言え、言語連想療法めいた内容になります。

まだ形になおしていない、参加者の特性をベースにした自分の可能性について無意識からの連想を活用しつつ、ある程度言葉にしていくという作業になるわけです。

それに対して、その後に続く私のレクチャーは、内容としてはほぼ完全に、プロジェクト管理めいた話でした。

それはそれでつながっているように思えたものの、やることを本当に分かっていたら、ちょっとちがうことを喋ったら良かったかな、と後から感じました。

やっと言葉に直ったばかりの「野望」をプロジェクト管理に乗せるというのは、少々の飛躍があるからです。

この飛躍を埋めるべく、以前私はFemoというツールを使っていました。シゴタノ!の大橋さんとしばしば「ジャグリング」というのですが、ある概念をくり返し、記憶にとどめ続けるように仕組むことで、検討を重ね続けるというようなライフハックがあるのです。

私はこういうことを連日やっているものですから、野望の会のような言語連想作業を行えば、当然そういう記憶に突き当たるわけで、その内容は「ジャグリング」でおなじみのものでもあります。

その辺のところにむしろ焦点を合わせるべきだったかもしれません。次回以後はそのことを念頭に置いて、もう一度やりたいと思います。

【メモ】AirPodsで音声メモを取る

いまさらながら、AirPodsってすごいと思う 勝間和代オフィシャルサイト

この記事を読んで、おおいに共感しました。

私も購入以来後悔率ゼロの製品にAirPodsがあります。

当初、片方なくすという懸念があったのですが、私についていえば全くないです。

落ちないし、落とすとすぐに気づきそうです。聞いている何かが止まるので。

 

しかし、意外にすごいなと思うのが、マイク機能のほうです。

かなりのレベルだと思います。

素晴らしいのは、これ1つしておけば、スピーカーであって件マイクでもあるというところ。

私は残念ながら仕事中に音楽を聴かないし、たとえ仕事中にはAirPodsをするようにしたとしても、目立ちすぎて一日中つけている気にはなれない。

が、一日中つけていれば、これを音声メモとして使えるな、という期待を抱きます。

手書きメモは捨てて以来、もうずいぶんになります。

今日もタスクカフェ懇親会で話していて感じたのですが、手書きメモにはiPhoneと同じく本来的なムダがあります。

だいたいなぜ「ペン」が必要か?

すでにPocketPC以来、ペン→爪→指と、入力形式に進化が見られているのに。

ペンが手近にないときどうするのか?

同じく、「画面」が必要というのがiPhoneのいただけないところです。

「画面」というのはムダです。フィードバックのために特定の場所に特定の画面を用意しているということにムダがあります。

手書きメモなど、画面(紙)とペンという2つのムダが当たり前のように幅をきかせており、それでいてコピペすらできない。

Apple WatchにAirPodsなら、思いついたことを喋るだけでいいはず。

ただ、そのときあれを耳にかけてないとならないというのが。

この議論は、メモにQWERTYが必要であってはならないという例の記事の延長線上にあります。

 

nokiba.hatenablog.jp

 

www.apple.com

【精神分析】自ら選べないことはたくさんあります

そもそもはたして「アドラー心理学」というのが、いわゆる劣等感から今みたいにずいぶん違う点が強調されているのも不思議な感じがしますが、流行は侮れないですね。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

それはそれとして、どんなことなら自分の自由に選ぶことができ、どんなことができないのか、曖昧なゾーンというのはあるものですから、それを全部一元化してしまって「すべては自分の選択の結果である」というのは、おぞましい話だと私は思います。

ガンになった人に面と向かって、「あなたはガンになりたかったのだし、治らないのだとしたら、治らずにこの世から立ち去りたいと思っているのです」と言える人というのは、どういう神経をしているのか。

それよりも「本人が選択していないはず」にもかかわらず一見するとそう見えないという厄介な事例もあります。

ジル・ド・ラ・トゥレット症候群という病気がある。

この病気の患者は、街中ではひときわ注目を集める。よろよろしながら歩きまわり、顔をぴくつかせながら、脈絡のない言葉や猥雑なことをわめきつづけるからだ。

まわりの人は驚き、子どもたちはくすくす笑う。なかにはどなり返す人もいるが、たいていの人は急用を思い出したような顔をして、あわててその場を離れる。

この病気の人を見かけたら、いい気持ちはしないだろう。

だが、本人の立場になってみてほしい。

患者のほとんどは正常か平均以上の知能の持ち主で、他人の目に自分がどんな風に映っているか、いやというほどわかっている。糞便関係の言葉を口にしてしまう傾向を汚言と呼ぶが、この症状がつらいのは、他人に相手にされなくなるからだ。

無意識という闇の世界が、爆発的な力で表面に出てしまうのだ。

(p79)

ビジュアル版 脳と心の地形図―思考・感情・意識の深淵に向かって

ビジュアル版 脳と心の地形図―思考・感情・意識の深淵に向かって

 こういうのはどうでしょう? 

 「無意識という闇の世界が、爆発的な力で表面に出てしまう自分」を自らが選んだと言えそうでしょうか? もしそうでないとするなら、「調子に乗れない自分」を無意識に強制されているにもかかわらず、それは自分で選べるとする根拠をどこに求めましょう?

前期口唇期は何度か書いてきましたが生後間もなくから1歳半くらいまで。そのころまでに「調子に乗れない自分」を形作ってきたとすれば、なぜ自分がそうなのか、見当もつかないという人が大半なのではないでしょうか?

トゥレット症候群はたしかに目立ちやすいかもしれませんが、目立ちにくくても無意識の力はある意味で強力であり、かつ機械的です。仮に意識的選択というものが可能であり、十分有力だとしても、「すべては自らの選択である」と言い切れるほど、目的論が有効な場面は、そんなに多くはないものです。

マクベス夫人は別に好きで手を洗い続けていたわけではないのです。