佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

人はどうやって性的パートナーを「選り好み」しているんだろう?

期間限定ながら無料お試しできます。Kindleで読めます。必読と言いたくなるほど、面白い

ヒメゴト?十九歳の制服?(1)【期間限定 無料お試し版】 (ビッグコミックス)

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人はどうしてこれほど子孫を残したがっているにもかかわらず、これほどまでに性的パートナーを「選り好み」できるんだろう?

コレは実は不思議だと思います。実際には「選り好み」がそれほど「役にたっていない」ように思えることも多いのに。進化とか遺伝とか言い出せば、一見何でも説明可能に思えますが、ならばたとえば日本でとても多いといわれている「ロリコン」を進化心理でそんなにうまく説明できるでしょうか? 相手があまりにも「幼い」ことは、決してそれほど有利な条件ではないはずです。

「マザコン」はどうでしょう? そんなに進化や子孫を残すのにマザコンが理想的なら、むしろ近親相姦でこと足りるのでは? それは気持ち悪いとか、文化的にタブーだとかいったことは、ぜんぜん「マザコンが多い」理由になっていない気がするのですが。

私にはマザコンもロリコンも、実際にはいわれるほど多くないと思いますし、ただわが国ではたしかに、「性的な雰囲気がまったくない、性的対象を非常に好む」という傾向が、なんだかけっこう昔から続いてきた気がしています。

それが、上のコミックには実に明瞭に描き出されていて、「なるほど!」と深く納得させられました。女子大生の世界を舞台にしているものの、コレが日本のおそらく文化的圧力(=理想)の一種から来る、親子関係の深層なんだろうと思えたのです。

マザコンやロリコンが「気持ち悪い」とか言われるのはここでは長くなるのでおくことにして、「気持ち悪い」というのは「抑圧されるべき」(ないしは抑圧されている)ということになりますから、抑圧されない部分が「気持ちいい=理想的」ということになります。

つまり、気持ち悪くない、受け入れられる、あるべき「異性の」姿だということになるわけです。それは「性的な雰囲気がまったくない、性的対象」ということでしょう。

このマンガではそれがたとえば「女装が似合う男の子」だったり「男の子みたいな女の子」だったり「15歳姿の大学生」だったりするわけですが、ここに「理想」があるということは、自我にとって理想的な対象が「超自我」になるはずなので、そうした「性的な雰囲気がまったくない、性的対象」が、「性欲」を抑圧するという話になります。

この場合性欲は、もし性欲が活性化するならば、超自我(非性的)によって厳しく罰されるという形式を取りながら活性化されるか(マゾヒズム)、あるいは超自我と一緒になって強く相手を罰するというという形を取りながら活性化するか(サディズム)、そのどちらかが主流になるはずです。

現にこのマンガではその通りになっています。超自我に内的同一化しつつ性欲を満たす女の子と、超自我に罰されることで性欲を満たす女の子。ただどちらの「超自我」もおよそ理想的というよりはこどもっぽいため、構図だけは超自我に罰し罰されるものの、結局理想はどこにもない、といった事態に切り下げられてしまっていますが。

ただ、こうしてみるとなるほどヒトは、ある意味ではみんな似たような「理想のパートナー=超自我」を求めている一方で、なかなか現実に「理想」に巡り会えず、選り好みばかりしているという、ちょっと矛盾した状況になっている理由が見えやすくなっています。

生身の人間は「超自我」ではないのですから、渋谷だろうとアメリカだろうと火星だろうと、そういう意味の「理想のパートナー」がいたとしたら見当識があやしいというものです。

 

精神分析から見た「恐怖症」

恐怖症というのは「置き換え」によって生じるものである。

心理療法家はこう説明した。

あるものにたいする正常な恐怖感や反感がほかの何かに置き換えられたときに、恐怖症が生じる。

本当の恐怖や反感を自分で認めたくないときに、人はこうした防衛的な置き換えを行う。

ビリーの場合には、彼女は自分の母親の邪悪性を認めたくなかった。

ほかの子供と同じように、ビリーもまた、母親は自分を愛しており、母親は安心できる相手であり、優しくていい人だと信じたかった。

しかし、そう信じるためには、母親の邪悪性にたいして自分が本能的にいだいている恐怖や反感からなんとかして逃げだす必要がある。

彼女は、クモにその恐怖感や反感を向けることによってそれから逃れた。悪いのはクモであって、彼女の母親ではないというわけである。

 

 

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

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言うまでもなく「クモを怖がる」=「母親から独立したがっている」という図式が成り立つわけではありません。

こういうのはあくまでも、個々のケース次第で妥当な解釈が代わってくるものです。

ただ、「恐怖症」には「独立」に似た現象が必ず現れることは、医者でも分析家でもない私たちが知っていていいことです。

たとえば私たちはどんな人生を歩んでいても、高いところにのぼる必要がそれなりにあるでしょう。

高いところにのぼる必要はある。

しかし、高いところがこわい。

両親から独立しなければいけない。

しかし、家から出るのはこわい。

この前にも後ろにも行きたくない理由があり前にも後ろにも行くべき理由もある。こういう状況が恐怖症という症状になることは、確かにあるはずです。

私たちは、なにかをこわいということを認めること自体が、しばしばこわいので、 家から出たり、両親から独立したりすることを「恐れていない振り」をします。

他人に対してそういった偽装をするだけならまだしも、自分に対しても本心を偽ろうとする。●●症というのはたいてい、その自分自身の本心をスルーしようとしたときに起こりがちです。

家を出て1人で生きることに強い不安があるのに、その心理を認めようとしないでがんばっていると、ふと気になっていたことが非常に気になり始める。たとえば、そこかしこにあるものはみんな、衛生的に問題があるんじゃないかとか、そういったことがらがです。

Apple Watchを使っているなら駅すぱあと!

え、えきすぱあと?

と思われる方もけっこう多いかもしれません。老舗のアプリですが、別にY!乗り換え案内でいいのでは、あるいはGoogleマップで、と。

駅すぱあと

駅すぱあと

  • Val Laboratory Corporation
  • ナビゲーション
  • 無料

しかしです。駅すぱあとのApple Watch連携は、実はすごいんです。

たとえば、駅すぱあとでは、検索結果を「出しさえすれば」Apple Watchにその結果が表示されます。Apple Watchに表示するとかいったボタンをタップする必要すら、ありません。

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また、この画面、左右にスワイプできます。

左側の画面には、「イマココ」が表示され、勝手を知らないところだと、これがなかなか安心です。もちろんGPS連動です。

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さらに、右画面にスワイプすると、次の乗換駅までの時間がリアルタイムでカウントダウンされます!これをタスクシュートと連携させると、移動中に使える時間がリアルタイムで分かるわけで、これはとても便利ですよ。

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繰り返しになりますが、これらの機能を別々に使うのではなく、ただ、iPhoneで路線検索すればいいだけなのです。

【野球】クライマックスシリーズでは近場の球場をレンタルしたら?

わが千葉ロッテマリーンズは早々にストーブリーグまっしぐらな一方で、クライマックスシリーズが始まって我が家ではそれを楽しんでおります。

 

www.sanspo.com

 

www.nikkansports.com

 

この「悪天候」はひどかったですね。湖の上で野球やってるようでした。選手も大変でしょうし、観客の人たちも大変だったことでしょう。でもどんなに土砂降りでも見に行ってしまう、という気持ちは理解できます。

昔から、日本シリーズとかクライマックスシリーズは、秋まっただ中で行われるだけに、天候に恵まれないことが時折あります。

 

www.youtube.com

千葉ロッテの本拠地などは幕張ですし、人工芝なのでまだいい方だと思いますが、今回の阪神甲子園球場や楽天の本拠地などは、この季節に「雨天順延」ができないとなると難しい年もあるでしょう。

仙台は近場にドーム球場がありませんが、甲子園であれば、京セラドーム大阪で実施するのもいいのではないかという気がします。何でもドームがいいというわけでもないようですけれど、やっぱりこの季節、雨が降ったら寒いですし、天然芝の球場は大変です。なんであれ、観客のほうは大変です。選手とちがって運動しているわけではないですしね。

もちろんあの「阪神甲子園」ですから、雨が降ろうと槍が降ろうととにかく本拠地の甲子園でやるのでなければ意味がないのだ!といわれそうな気もしますけど、実際には今回のように、点差が開けば空き席も目立つようになりますし、京セラドームはなんといっても近場ですし、素晴らしい球場なのになかなか満席にならずもったいないですし、試合をしないで広島行きが決定してしまうよりはマシだという気もするのですがどうでしょう。

【メモ】タスクとメモとプロジェクトは一元化が鉄則である、が

いま、急速にTodoistへの一元化が進行中であります。

ちょっと前に、Trelloだの、メモだの、Evernoteだのの、棲み分けを問題にしておりました。

 

nokiba.hatenablog.jp

 

こういう「病気」が私の場合、ある程度の頻度で発生します。たぶん私と似たような人においても、同じような病気がときどき発症するでしょう。

しようがないんだと思うのです。なぜならば、私どもはみな、一元化が必須であり鉄則であり基本原則だとわかってはいるのですが、MOLESKINEもEvernoteも、いまあるツールがいまあるような環境に置いては完璧ではないのですから。欠陥があるのです。

QWERTYがあり、フリックがあり、そして万年筆があり、自分の声があるこの時代において、それぞれの入力形態をTPOに合わせて使い分けたいというのが一つの理想です。

しかし、手帳、Evernote、ポメラ、iPhoneは、入力形態に制限をつけます。その上、推奨する出力先も、完全に自由ではありません。手帳はEvernoteを受け付けず、EvernoteはiPhoneとの相性が完全ではなく、といった具合です。

私は、Trelloを「共有情報管理」において依然として残していますが、使い途が相当に限定されると思い知りました。

 

nokiba.hatenablog.jp

 

「メモ」は、どうしても紙を印刷しなければならない代わりとしてはよく機能しますが、きわめて短期間のうちにEvernoteへ出力しておく必要があります。

Todoistが結局、プロジェクト管理ノートとして残りました。しかしTodoistを本格的に運用するには、「プロジェクトノートはここに一元化されている」という前提を要求してきます。

本の原稿はEvernoteを見て書いて、タスクカフェの資料はTodoistにある、だと、わからなくなっていくのです。わからなくならないようにカレンダーと連携させたり、リンクを張ったりすることはできますが、それでいいのはあくまでタスクからTodoistを見る場合に限るのであって、たとえばタスクカフェ開始直前に資料を読み返したいと思ったら、TodoistかEvernoteかTrelloかという疑問を持ったらダメなのです。

したがって冒頭の結論に至ったのです。

いま、急速にTodoistへの一元化が進行中であります。

【精神分析】さびしさ、とは?

 

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さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

この本もそうだが、もう何と言っていいのかよくわからなくなるほどである。私だけこんなことで困惑しているのだろうか?

 

親との間で、それも特に母親との間で満足のいかない情緒的関係が生まれると、それによって決定されることになる、一つの退行現象なのである。

(太字は佐々木)

 

人格の精神分析学 (講談社学術文庫 (1173))

人格の精神分析学 (講談社学術文庫 (1173))

 

 

ただ、これは「西洋人なら退行だが、日本人においては異なる概念で考えた方がよい」という提案をもった人もいる。

バリントのいう「一次愛」の本質は「対象との融合」「主体と対象の一体性」を求める対象関係であり、これは土居の「甘え」と同じである。

バリントは一貫して治療終結期に「一次愛」がみられる「新規蒔き直し」の過程を重視し、ここに導く「良性の退行」についての治療論を展開した。

他方、土居は「甘え」を自我欲求としてとらえ、日本人の患者が早い時期から「甘え」の心理を表出することから、退行よりも「甘え」の自覚を重視した。 (太字は佐々木)

 

ci.nii.ac.jp

 

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

 

 

そういうわけなので、「性的な欲求と、赤ちゃんのころの欲求って似ている」というのは、1930年代よりも前からすでに指摘され続けていることなのだが、「似ている」というよりも「赤ちゃんのころにはそれらは全部融合してしまっている」くらいだろうと思う。

私たちはつまり「いまになって何かがひどく満たされず、それを満たす技術も未確立のまま」だと、「それを満たし得たころにまで心を巻き戻す」ところがあるようだ。あるようだというよりも、そういうものなのだと精神分析が告げている感じである。

「対象との融合」「主体と対象の一体性」を求める対象関係などというと、相変わらずいかにも「がんばって定義してます!」みたいな感じだが、イメージとしては次のようなところなのだろう。

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 つまりこの「母という概念」というなんだか即物的なんだかイメージでしかないのかよくわからないようなものにもふーっとしてイヤされたい、というのは、ある種の男女ともに求めていて、もちろんいかに切望しようともそれ自体は手に入らない。(概念を実体化させたものは実在できないから)。

そもそも、本当に手に入れなければならないのは、「母親との間で満足のいかない情緒的関係」に代わる、本当の満足のいく情緒的関係にあるはずだ。

そしてフェアバーンは、「母親との間で満足のいかない情緒的関係が生まれると、それによって決定されることになる、一つの退行現象」こそが分裂的状態と考えているのである。

つまり、「セックスさせてくれるお母さんを求めている」というかの有名な非難は、もちろんフェミニズム的に世の多くの男性に向けられている非難なのだろうが、フェアバーンに言わせればその種の男性は(そして結局は女性も)分裂的特徴を備えているに過ぎず、可能ならば精神分析によって治癒されるべき対象なのである。

蛇足すると、マンガの中で永田カビさんは「私それ求めてる〜〜〜!!」と目をバッテンにして顔から汗を拭きだしているが、こういうところに外的現実がすぐ内的現実と入れ替わしまう分裂症特有のあやうさが顔を出していて気に掛かる。

べつに、求めていたっていいのである。たとえば私なりがセックスさせてくれるお母さんを求めていたところで、求めていること自体は、犯罪でも何でもないし、ことさらバッシングされるいわれもない。意見は意見であり、法律でも社会的権威でもないからだ。

しかも永田カビさんに至っては男性でもなく、「セックスさせてくれるお母さんを求めている」と批判されている範疇にすらいない。それなのにこのようにショックを受けてしまうのは、本来永田さんの心の中にあるものが、外部の声を使って自分を叱責しているように感じてしまうからだ。

私たちはどうして「どもる」のか?

 

英国王のスピーチ (字幕版)

英国王のスピーチ (字幕版)

 

妻に連れられて、こういう映画を見てきたわけです。

これはおおむね実話に基づいた作品のようで、主人この「吃音持ちの英国王」はジョージ6世。

今となってはあまり有名人とは言えませんが、あのヒトラーと最後まで戦ったイギリスの王様がこの人なのです。

話はどうしても人前でスピーチしないではすまされない立場のこの人が、吃音で一言も言葉を発せなくなる。それをなんとかして治療しようとする。というところから始まります。

そして行き着いたのが、かなり怪しげな「言語学者」らしきオーストラリア人。「吃音」だから言語学なのか。しかしここで施されるのは九割方、精神分析です。

まず生い立ちを尋ねられ、いきなり激怒します。

「そんな話をしに来たわけじゃない!さっさと吃音の治療をしてくれ!」

「あなたは癇癪持ちだな。しかし人を罵倒するときには、どもらない。そういうふうにスピーチしたらどうだ?」

「公衆の面前では隠さなければならないんだ」

吃音のすべての原因が「生い立ち」にあるとは言えませんが、この映画の中では、「生い立ち」に焦点が集中しています。王室だけに、特殊な生い立ちであり、子どもの発達障害を作りだすにはうってつけ、といえなくもないからです。

言うまでもなく、「公衆の面前では隠さなければならない」ので、プライベートなことはいっさい言いたがりません。吃音なのはいつからか?どんな教育を受けてきたのか。兄弟仲はどうだったのか。両親との関係は?

全部秘密にしたいのです。これほど「抑圧」という言葉が圧倒的なケースもめったにないでしょう。

「医者」は言います。「生まれつき吃音だというこどもはいない」それはそうでしょう。生まれつき話せる子がいない以上。この種のことは、文化的に「きちんとしろ」とされることによって、何かの流れが混乱していることに関係があるはずです。王子様ほど「きちんとしろ」と言われる人は世界のどこに行ってもいないくらいでしょう。

王族でも何でもない私たちの場合でも、子供のころは何かにつけて「きちんとしなさい」「ちゃんとしなさい」の言われ通しですが、それが最初に、それなりに深刻な調子で言われるのが「トイレトレーニング」となります。

だからフロイトはそれを「肛門期」となかなかエグい専門用語で私たちに直面させようとしているわけです。文化が「きちんとしろ」などと言わなければ、たぶんそれに「失敗する」ことなどなかなか生じないでしょうが。

精神分析ではよく「肛門期」と「プレゼント」と「強迫症」の関係を指摘します。意味不明ですが、しかし「その典型が日本文化だ」と指摘している外国の教授もいるのです。

私たちが「きちんと出す」と手を叩いて喜んでくれた(であろう)人たちがいます。人の親にならないとよくわからないことですが、子どもがトイレで踏ん張って出すと、涙が出るほど嬉しかったりするのが親というものなのです。つまりこれは、子どもにとっては親への「贈り物」ということもできるわけです。

とはいえ、贈り物をきちんとするために、わざわざトイレに行くというのでは、行きすぎですし本末転倒というものです。強迫症の人のなかには、この種の「行きすぎたきちんと」で誰もが喜ぶものだと思い込んでいる人が多く見受けられるわけです。

映画の話に戻りますと、主人公のお父さん、つまりジョージ5世は立派な王様なんでしょうが、わけのわからないところがあって、つまり常人では立派な王様にはなれないのかもしれませんが、「国王というのは国でいちばん卑しい職業だ。全国民の機嫌を取るのだけが仕事だ。そのためにはスピーチしなければならんのだ。だから立派にやれ!」とのたまいます。

やりたいことがあってもそれは「公衆の面前では隠さなければ」ならなくて、やりたくもないことを「きちんと立派にやれば」みんなが喜ぶからというのでは、モチベーションが混乱して当たり前です。

トイレに行っても、出したいときには出してはならず、出したくもないときに「プレゼントとして出す」ことを要求され、しかもそれが自分の一生の仕事だとなったら、たまったものではありません。

「罵倒ならどもらない」。「発する」というのは、どうしても人間社会では「文化的な意味」をもってしまうのがストレスなのです。発する内容が排泄物だろうと、プレゼントだろうと、言葉だろうと、私たちはだれも「出したいから出す」というだけで「出す」ことが許されていません。

然るべき時に、然るべきやり方で、然るべき熱量で、然るべき形式において、出すことが求められています。王様ともなれば、それがもっとも求められます。

にもかかわらず、やはり王様といえども「然るべく出せばいい」のではないのです。きっちりしていればいいってものではない。第一に「出す主体である王様自身」がそれではモチベーションが湧かないし、第二に「受け取る側」も王様に意欲がないなら、つまらない。「然るべく」ばかりに徹底しているのが「強迫症的」なのです。

やはり「出したいから出す」必要があって、しかも「然るべきやり方」に叶っている必要もあって、さらに「隠すべきものまで出してはならない」のです。こうも条件が積み上げられたら誰にとっても容易ではなくなるから「うまくできない」人が現れて当然でしょう。

追記

そう言えばこの映画にはやけにモーツァルトが使われていて、クライマックスにはベートーベンの交響曲第七番でした。モーツァルトのお話でもない作品にしては珍しいなと思ったのだけど監督の趣味なのかな?

「優秀な頭脳」をきちんと発揮するための条件

リチャード・セイラー氏がノーベル賞受賞!

というのは慶賀なのですが、ダニエル・カーネマン氏も然り、「異端の」行動経済学者がどんどん喝采を浴びるようになる前から、彼らの理論にも根強い批判が渦巻いていて、そのへんの話もけっこう興味深いのです。

toyokeizai.net

 

行動経済学の逆襲

行動経済学の逆襲

 

 

間接的な関係にある話ですが、「4枚カード問題」という有名な問題があります。

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このカードの片面には数字が、もう片面にはひらがな、またはカタカナが書かれています。

このカードは「片面が奇数ならばその裏はひらがな」となるように作られているそうですが、本当にそうなっているかどうかを調べるためには、どのカードを裏返す必要があるでしょうか。なんまい裏返してもかまいませんが、必要最小限の枚数にすること。

この問題を出すと、多くの人が「3」と「う」だと答えるということになっています。

現に私も最初その間違いを犯しましたし、「正解」を聴いた後になってもなお、感覚的には「3」と「う」のような気がしてしまいます。

正解は「3」と「キ」なのですが。

この問題は、頭のいい小学生にでも解ける「レベルの問題」であり、それを大学院生の大多数が「ひっかかる」というのは、人間の思考力は、少なくとも直感的な思考力はいかにもあてにならないものだ、と暗示しているわけです。

しかし直観的な判断力を「あてになる」ようにすることもできるというか、あてになるケースとして例示することも可能です。

 

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ある地域にキャッサバという滋養豊かな食べ物と、モロナッツというふつうの食べ物があります。

この地域の部族的なルールとして、キャッサバを食べるのであれば、既婚者である必要があり、そのことを示す顔の刺青をしていなければなりません。

上の4枚のカードは、4人の刺青の状態と食べているものが示されているカードです。

部族のルールが守られていることを確かめるには、どのカードを裏返せばいいでしょうか?

 

教養としての認知科学

教養としての認知科学

 

 

この答えは、難しくないと思うのです。私も「直感的」に正解にたどり着けました。「キャッサバ」と「刺青なし」です。なぜなら「キャッサバ」は既婚者でなければ食べられないもので、それを食べている以上「刺青」をチェックしなければならないからですし、「刺青なし」の人は「キャッサバ」を食べていてはダメだからです。

だいたいおわかりになると思いますが、「理論的」には最初の「3」と「キ」のカード問題と、「キャッサバ」の問題の「難易度」は同じです。AIにとっては同じ、と言うべきでしょうか。

しかし私にとっては同じではありません。たとえ正解の出し方を知ったとしても、やっぱり「キャッサバ」のほうが簡単に感じられます。

つまり、たとえ私の頭脳が「この4枚カード問題を解ける程度には優秀」だとしても、その「優秀さ」を発揮するためには、一定の条件が満たされている必要があるのです。

そしてその「優秀さを発揮するための条件」を徹底的に欠いている問題を次から次へと並べ立てられ、それを次々に間違えるからと言って、「おまえはバカだバカだバカだ」と指摘されても、ちょっと納得がいかないという批判があるということです。

www.bioagri.co.jp

 

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

もっと精神分析が知られて欲しい

昨日と似たような記事になってしまったわけですが、最近私が考え込んでいることなんです。

 

nokiba.hatenablog.jp

 

たしかに心理学も、何の役にたつのか分かりにくいと言えば分かりにくいですし、「精神分析」とか「フロイト」と言えば、もはや分かりにくいを通り越して、頭のおかしい人の考え出したオカルティックな言動が、なぜか有名になっちゃってる、くらいに思っている人も多そうです。

そこまでひどくなくても、「自己愛、なんて言ったって、誰だって自己中心でしょ?」くらいに思っている人はさらに多そうです。「Narcissism」と「自己チュー」は、ぜんぜん別のことくらいに思っていた方が、正確なのですが。

実はちょっと前に、『“隠れビッチ”やってました。』という本を読んで以来、失われゆく知見というのは、まさにこういうことなんだなあ、となんとも言えない気分になったのです。よくあることなんでしょうけど。

“隠れビッチ”やってました。

“隠れビッチ”やってました。

 

 

この本、出だしは基本的にギャグマンガなのですが、なぜか途中から路線変更が起こって、一気に“精神分析的”になっていくのです。そしておそらく著者に、そんなつもりはなさそうなのです。聞いたわけではありませんが。

私はこの本を読む前から、とくにフェアバーンの『人格精神分析学』とかを読んでいたものですから、「何だこれ!?」としか思えなかった。図式にキャラで肉付けされているような、それくらい「精神分析学」をマンガで読まされているような感じです。 

 

人格の精神分析学 (講談社学術文庫 (1173))

人格の精神分析学 (講談社学術文庫 (1173))

 

 

たとえば、この本の201ページには、こんなわけのわからん図式が載っているわけですが、あらいさんの『隠れビッチ』のとおりというか、逆か。とにかく、あまりにも両方の意味が「わかりやすすぎ」になっていって、気持ちが悪いほどです。

 

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あらいさんが『隠れビッチ』だというのは、なんででしょうか。私にはぜんぜんそうは思われなかったわけですが。たしかにいろんな男の人とすぐ食事に行ったりはしますけど「深い関係」には決して至らない。(たぶん)。いっしょにタクシーに乗る「振り」をして、走り出す直前に自分だけするっと降りる。

あるタイプの女子中学生かというくらい「潔癖」な印象で、「性」に対してはずーっと「不安感」をそこはかとなく感じさせられ通しの展開です。

しかしこの人の場合には、実はお父さんが・・・。アルコール「依存」までいっていたかどうかは、完全には書かれていませんでしたが、おそらくそうでもあったのでしょう。

「親」というのは通常子どもにとってはアンビバレントな存在です。「完璧な親」というのはいませんし、いたらいたで問題を引き起こしそうです。しかし、生まれてこの方ずーっと一緒にいるのですから、基本方針として子どもは「好きになりたい対象」ですね。

それがどうしても好きになれない存在だったら、どうするか?

子どものやるであろうこととしては、「好きになれるところ」と「好きになれないところ」を分けてとらえようとするでしょう。昨日の記事で紹介した作品でもそうでした。「アル中だけどいいところもたくさんあった」といった感じで、「いいところを抽出」してどんどん思い起こしたりすることが、人にはできる。

昨日の作品ではありませんでしたが、当然この「好きになれるところだけでできている人(異性)」がどこかにいないものだろうか?と空想するのは自然です。空想だけなら、そんな人もいるかもしれませんが、現実にはどうしたって「いいところもあればイヤなところもある」わけで、そこに人と付き合う葛藤がある。いいところだけと付き合いたいが、1人の人間には漏れなくいやなところもくっついてくる。

この「いいところだけ」を極端な形で実現しようと思うと「男の人とタクシーに乗ったと思ったら降りる」ような行動になってしまうかもしれません。そこにはつまり、手に負えないほど強力な葛藤があるわけです。

もっと心理学が知られて欲しい

 

酔うと化け物になる父がつらい(書籍扱いコミックス)

酔うと化け物になる父がつらい(書籍扱いコミックス)

 

読みました。

予想に違わずすさまじい内容で、読後に汗ダラダラです。

しかしこういった作品を読むといつも思うのですが、漫画家さんというのはすごい人々です。

この内容を作品にまとめることができるとは。

能力はもちろんのこと、そうとうの精神力を要するはずです。

これを千円弱で読むことができるというのは、自分は全くいい身分だと思うほどです。

それにしてもこういう話は、たしかにいくところにいけば「あふれている」とさえ言えなくもありませんが、どうして我が国では、心理カウンセラーがかなりの数に上るのに、このような最も必要としているところで、活用されていないのか。

実際に当人にカウンセリングにかかるという発想がそもそもないというのが、なんとも言えず溝の深さを感じさせられます。

奥様が新興宗教の信者で、アルコール依存症の本人が高いFaxに手を出してしまうなら、貧困すぎてカウンセリングにかかれない、というのとは異なる状況なのでしょう。

これだけのエピソードがありながら、ついにほとんど、アルコール依存当人の「内面」などが分からないというのが、なんとももどかしい。彼の家族区関係はいったいどんなものだったのか。きっとそうとうの「兆候」が見え隠れするはずなのですが。

漫画から分かるのは、子供を望んでなかったらしいということと、おそらく気が弱い。しかしこの程度の情報から「内面」が分かるはずもありません。目に入るのはひたすらアルコール依存です。

「心理学なんて何の役にも立たない」といった向きもあるかもしれませんが、こちらの作者さんは、大学のおそらく心理学入門的な授業での「学習性無力感」を知って、なぜかつきあうことになったこれまたアルコール依存の彼氏と別れるのです。

もちろん、5ページくらい前にわかれてもいいような話だったので、心理学の知識が決め手かどうか分かりませんが、そうは言ってもセリグマンの学習性無力感は「超」有名です。数学で言えば因数分解くらいに知られていて欲しい知見です。

それで死なずに済むことだってあるのならなおのことです。

Macの起動音を消す方法

「この起動音を消せないの?」とセミナー中に議論になったことがあって、「そういえば、自分はあまり気にしたことがなかったけど、なんでだろう?」と思い、いろいろ調べました。

そしてわかったのは、自分は外に持ち出す「新しいMacBook」をずっとミュートにしていたから(わずかな音が鳴るのもすごくイヤであります)、起動音を聴いたことがほとんどないのだ、ということでした。

というわけで、起動音を消すにはミュート(無音)にすればいいのです。

つまり、外に持ち出すMacのスピーカーからジャンジャン音が鳴る状態をあまり好まない人は、たぶんミュートにしておくからいいだろう、ということなんだと思います。

いろいろ調べてみたところ、起動音だけを消す他の方法もあるようですし、専用のアプリもあるみたいですね。

それくらい多くの人がけっこう困っているのでしょう。そんなに多くのユーザーが困っているらしいのに、あの、それほど聴く人に感動を与えているわけでもなさそうな起動音が、あの音量で鳴り響く仕様になっている理由がよくわかりません。

まああのいささか主張しすぎ気味なリンゴマークとともに、いかにもMacを使っているという気分になることが、大事だった時代の名残かな。

macdrivelove.com

自分の個人情報が流出したかどうかを調べておく

www.jiji.com

30年前にはほとんど意識することはなかったような「問題」がとっても身近です。すごく面倒くさい時代になったな、という気がします。

こういう「流出騒動」から完全に無縁でいることは、もはや不可能でしょうし、できることといったら、異なるサービスに対してはなるべく異なるIDを使い、パスワードはそのたびごとに絶対に変えること、くらいでしょうか。

同じIDと同じパスワードを使い回していたら、ひとたびどこかからそれが流出してしまえば、どこに入られるか分かったものではありません。

とりあえず、次のようなサービスを使って、自分のIDやパスワードが過去に流出したことがないかどうか、調べてみましょう。すぐに調べがつきます。

で、もし流出があったら、そのアカウントで使っていたパスワードは少なくとも他で使わないようにしたりする必要はありそうです。いろいろ面倒ですが、もっと面倒くさいことになるよりはマシです。

haveibeenpwned.com

www.is702.jp

watchOS4はかなり賢くなってます

www.apple.com

私のように、OSのアップデートに消極的かつ慎重な人も、できるだけ早くアップデートしたほうがいいです。

まず、動作が機敏になりました。これまでだと、特定のアプリなどは待ちきれないと言うより、これほど待つならアプリ使っていることにならないひどいレベルのものがありましたが、そういったものですらも、だいぶまともになっています。

ですので、これまでまともだったアプリは、じゅうぶんに高速になったという印象を受けます。

ちなみに私は、Apple Watch2です。3はまだ買っていません。

それから、腕時計で何をしたいのか、以前よりよく理解してくれて気が利いています。

たとえば私は、AirPodsを持っています。外出中に、AirPodsを耳に装着して、Apple Watchを見たら、何をしたいのか分かりそうなものです。しかしいままでは、全く何にもしないか、時計を表示するか、ちょっと指先が狂うと平気で天気予報を出してきました。

Siriの普段の賢さからすると、これではまるで嫌がらせです。

いまはきちんと、こういう表示をすぐに出せるようになりました。

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そのほか、ライフハック的もしくは知的生産的に特筆すべきこととして、Evernoteからの音声テキスト入力が格段にきちんとしています。少なくともこれまでのところ、まともになった感じが継続中です。

ついに腕時計に向かってEvernoteに即メモする!という未来が日常的に実現したのかもしれません。

Prime Reading は KindleUnlimited の「お試し版」なのかな

アマゾンプライムリーディング、というサービス通知が来たのですが、すでにKindleUnlimitedに入会している私には、どの本が Prime Reading「の対象」なのか、わからないのです。

それくらい、全部が全部すでにKindleUnlimitedなのです。もっとがんばって探せば見つかるのかもしれませんが。

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Prime Reading

いくつかのサイトで調べてみた感じでは、

  • KindleUnlimitedに入って欲しいのだけど入ろうとしないプライム会員に「無料のおいしさ」を体験して欲しい
  • KindleUnlimitedにだけ入っても、プライム会員になれるわけではないので、プライム会員の「特典をとにかく充実させたい」

といった雰囲気があります。別に悪く思っているわけではないです。

アンリミテッドで読めるタイトル数はかなりの数に上りますし、年額3900円でこれを全部読み放題にはさすがにできないけれど、アマゾンプライム会員は実際「おトク」だし、Amazon的にはこの会員数をどんどん増やしたい。

というところでの折衷案なのかもしれません。

思い切って年額13000円くらいの「プライム会員+」とか作って、それに入ればアンリミテッドも読めて、かつ、Amazonのアンリミテッドドライブも使えるようにしてくれたら、入る人多いんじゃないでしょうか。わからんけど。

「タスクシュートでリマインダー」の強力さに気づくと、なぜタスクシュートが必要かが分かるようになる

kt-zoe.com

とても感じが良くて丁寧な記事です。

ここで言われていることの焼き直しのようになるのですが、サプリに限らず、あらゆる「リマインダー」は、実は非常に役に立ちにくいものなのです。

一般の人は、薬を飲むとか、スーパーで牛乳を買うだとか、電車を乗り換えるのにそもそもリマインダーなんかいらない、あるいはDUEがあれば済む話じゃないか、と思うでしょう。

それができないというのは発達障害気味(ADDやADHD系の)なんじゃないか、くらいにいぶかしむのかもしれません。

しかし、それは逆なのです。

DUEでことたりる、またはDUEナシでも大丈夫なくらいなのは、ある意味では現代的な生活のトラブルと無縁でいられるいい生活をしているか、それとも脳が極端なまでに現代社会に最適化しているか、どちらかです。

トラブルは、ある時刻において自分が何をしているか、答えられない状況と、私たちの頭から生まれるのです。

10:30に大宮駅で乗り換えるなら、10:29にリマインドされればいい、と思うのは、10:29に何をしているかハッキリ分かっている人だけです。

絶対に、そのタイミングでは最愛の恋人が別れ話をLINEで送ってこない!と言える人なら、OKです。しかしもしそういうタイミングでそういうメッセがきたら、乗り換えできるかどうかは、無意識任せになります。

「晩ご飯」はもっと平穏だと言えるでしょうか?

「晩ご飯が終わったとき」に何をしているかは、画一されていますか?

「晩ご飯、終わり!」という合図のチャイムは鳴りますか?

何をもって「晩ご飯が終わった」かがハッキリしないなら、iPhoneのようなキカイには、「晩ご飯が終わりました」という合図を出すことができません。しょうがないので、なんでもいいから、その辺の時間帯にバイブを鳴らしたりするでしょう。

ちょうど、スパムメールが来ても、使っていないアプリのアップデートのお知らせでも、バイブで知らせてくるのと同じようにして、「お知らせ」を出します。

タイミング良く暇をもてあましていれば、そのバイブで「サプリ」を確認します。だから、リマインダーを使っても飲んだり飲まなかったりするわけです。

タスクシュートを使っていると、「行為」と「行為」の間に、私たちは「別の行為」をすぐにやり出すことがとてもよく分かります。どんなタスクリストでも、手帳でも、その「空隙」はあって当然とされています。「リマインダーが鳴ったから間髪いれずにサプリを飲む」ということはできないのです。「リマインダーが鳴ったから電車から飛び降りる」ことはできないでしょう。1分間待つでしょう。待つ間は暇でしょう。だからマンガを読むでしょう。そして夢中になって乗り過ごすでしょう。それはADDダカラではありません

下に引用した画像をよく見てください。「晩ご飯」と「薬(夜)飲む」の間には何もありません。空隙がないのです。ここに空隙がないことを意味させられるのは、タスクシュートだけなのです。薬を飲めるのは、リマインドされるからではなく、「晩ご飯の後に間髪いれずに飲むから」なのです。

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kt-zoe.com