佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟の公式ブログです。なるべくならお役立ち情報を出していきたいと思っています。

「ライフハック心理学」は2020年1月1日以後、noteに完全移行いたします。

突然で恐縮ですが、

2020年1月1日以降

「ライフハック心理学」はnoteに全面移行いたします。

URLはこちらになります。

note.com

内容的にはこれまでと大きく変わらない予定です。

また、こちらのブログを閉鎖するわけではなく、こちらはこのまま残しておきます。

「投げ銭」などは開設するかもしれませんが、有料化したいということではありません。

ただ、来月からスタートする「note版のサロン」のようなものには興味を持っているため、低価格でちょっとしたサービスを開設させていただくかもしれません。

もともと私は「カテゴライズ」ということに凝りがちな性格で、ブログよりは「マガジンごとに内容を分けられる」noteに魅力を感じていたところがあります。

最近は、グッドバイブスに根拠をもつ、新しいタイプのライフハックの可能性について情報発信していきたいと思っていたこともあり、気分を一新したいところで新年を迎えるにあたり、移行を決めました。

これまでご愛読いただいたこと、深く感謝します。

来年以後も、noteにて、どうぞよろしくお願いいたします。

 

好きなことで、得意なことで、お金になることをやるには?

こういうベン図を目の前に描き出されたこと、何度かあります。

  • 好きなこと
  • 得意なこと
  • お金になること

そんな都合の良いことが、この世にあってたまります?

私の好きなことは、本を読むことかな。

得意なことは、スキーかな。

お金になるのは、本を書くこと。

全然ベンズが重ならない!

当然でしょう。

グッドバイブスではこれをこう解かれました。

人は、得意なことで、他人から依頼を受けることがある。

依頼を受けたら、とにかく集中してそれだけに関心を向ける。

するとその好意に「好きなところ」が見つかる。

すると、好きで得意なことをしてお金をもらうことができる。

なにかごまかされたような気がしますか?

 

『社会心理学講義』はとても面白い本です。タスクシュートに心を読み取られる体験

被験者にスライドを見てもらい、いつでも好きな時にプロジェクタのボタンを押して次のスライドに移動するよう指示する。

ところがボタンはプロジェクタに実際には接続されておらず、ボタンを押しても何も起きない。

その代わりに被験者の脳波を測定し、指の運動を起こす命令信号が発生した時にプロジェクタのスライドが瞬時に変わるようにしておく。

もちろん、被験者はこの舞台裏を知りません。  

さて実験が始まると被験者は不思議な経験をする。

というのは被験者がボタンを押そうかと 思う寸前 にスライドがすでに変わるという、通常とは逆の感覚が現れるからです。

まるで本人も知らないうちにプロジェクタに心を読み取られる感じです。

 

  

社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書)

社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書)

  • 作者:小坂井 敏晶
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/07/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

私はこの実験は、残念ながら体験したことがありません。しかしこの実験にこそ、リベットの『マインドタイム』の本質があります。

私たちが「自由意志を発揮」していると感じているその瞬間は、脳からすればすでに自由意志は「発揮し終わっている」のです。 

しかし私は、10年の中で2度3度ではありますが、たしかにタスクシュートでこれを経験したことがあるのです。

たしかに、開始時刻を打刻し、すでになにかの作業を始めてしまった直後に、ふと、自分がその作業を確実に始めてしまうであろうことを自覚したということがあったのです!

これはなかなか驚くような体験で、ぼうっとしていたというのではなくて、頭はきちんとしていたにもかかわらず、こういうことがたしかに起こったのです。

つまり、まるでタスクシュートに心を読み取られている。あるいは、タスクシュートが私の行動を前もって予言しているかのような経験でした。

とても調子の良い一日が、あまりに調子よくリスト通りに進んでいくと、それに「逆らう」ような行動をもはや取ることができなくなって、「逆らう」という「自由」が自由でも何でもないように思えてくるのです。

トイレに行きたくてしようがないとき、その人は、トイレに行く自由意志を発揮しているのでしょうか?

それとも、膀胱の苦しみにより、トイレに強制連行されているのでしょうか?

レビューの解像度を上げる

 いい質問ですね!(笑)

私たちはみんな、目的をもってタスクを実行しています。たとえその目的を意識してなくてもです。

たとえばトイレに行くなら、それは目的があります。

また、食事をするなら、もちろんそれは目的があります。

おくさんとのおしゃべりも、もちろん目的があります。

休憩にも睡眠にも間食にもゲームするのも、ことごとく目的はあるのです。

後からではなくて、その場その場で自問してみてほしいのですが

  • いまのこの行為には意味があるか?

と内心につぶやくと「ある!……少なくともなくはない」

と、どんなときでも言うと思うのです。

だから、よっぽどのケースをのぞくと

  • 24時間分が100%満足できる

というのが本当だと思うのです。とくに、ある程度でも本気でシングルタスクをやっていれば、ここに例外はないと思っています。

それは後からだったら、

  • あのときはゲームをせずに、中国語の勉強をすべきだった

などと思えるかもしれません。

でもそれは無責任な言い草というものです。

そのときその場の自分であれば、

  • いまこのゲームをする代わりに中国語の勉強なんて、砂を噛むよりやりたくない

ということになっているはずです。

私はいまでは「本気でやれないことならばやらない」ルールにしているから、24時間ぜんぶ本気でやれるという結果を得ることができています。

「結果として、リストからあふれるタスクというものはたっぷりある」かもしれません。それはただ、翌日以後に送れば良いだけです。というよりも、現にそうなっているでしょう。

どうしてそれではいけないと思うのか?

それは、レビューの時間が短すぎるからです。

自分の時間の使い方を真摯かつ誠実に振り返ってみれば

  • あのときは、これ以外はやりようがなかった

と、どんな瞬間についても思えるはずなのです。

つまり、現在ただいままでにやってきたすべての時間の使い方が「これ以外やりようがなかった」=「100点満点」であるとすれば、タスクが残っていようとなんだろうと、他のやり方はできなかったのです。

過去のレビューをざっとスルーしてみてしまって「ふーん」で終わってはいけないのです。

解像度をぐっと上げて、あたかもそのときのその場に再訪したようにしてみれば、「あのときはこうするしかなかったな!」と強い納得感が得られるはずです。

「24時間のリストの中の、24時間分が100%満足できるものだと、確信をもって評価できるようになる。」

というのは、その当然の帰結です。

そんなものは、悟りの境地でも何でもないわけです。(笑)

タスクシューターはグッドバイブスへ急ハンドルを切らなくていい

最近の私の「変化」について不安をおぼえている人へ向けて、この記事を書いているわけです。

もちろんべつに心配はいらないのです。

何度か書いているとおり、そもそもタスクシュートとグッドバイブスは、相反するものではありません

タスクシュートが言っていないことのいくつかを、グッドバイブスが強調しているに過ぎません。

たとえば「目の前のことを本気でやる」が好例です。

本気でやらなくても、タスクシュートはできます。

私は本気でやったほうがいいと思うからそうするようにした。

たったそれだけのことです。

おそらくいちばん矛盾するように見えるのは

  • すべてのタスクにいちおうとはいえ見積時間を設定するタスクシュート
  • 終わりや時間のことをいっさい気にしないグッドバイブス

この両立についてでしょう。

もしも、タスクシュートなんて知らなくて、グッドバイブスに興味を持っているというのであれば、見積時間だの、タスクだのを気にする必要はありません。

もしもタスクシュート・ユーザーで、見積時間と終わりを気にしないことの矛盾が気になるのであれば、次のように考えてみてください。

タスクシュートでも、終わりは気にしないのです。

仕事は終わらせようとすると終わらないので、始めるだけにとどめる | シゴタノ!

見積時間とは、時と場合によってはたんなる「これだけやることに決めた時間の長さ」です。

5分だけやる」というやつです。

5分間、タイマーをセットして、終わりを気にせずに目の前のタスクに本気で取り組むのです。

これならグッドバイブスと、ほとんど矛盾しません。

終わりを気にしないということは、死ぬまで永遠にやるということでは、まったくありません。

終わりを気にしてなくたって、いったん切り上げざるを得ないことは、いくらでもあります。

仕事中に家族などから依頼を寄せられたとき、即座に本気でそちらに取り組むというのも、実はタスクシュートで、もともとやっていたやり方です。

TC2 003:TaskChuteは割り込みによく対応できるたぐいまれなツール | シゴタノ!

当時の私の頭になかったのは即座に「本気」のところだけです。

「即座」はもとからあったのです。

つまり、タスクシュートをそのままやり続け、グッドバイブスも実践するうえで、つけ加えるべきは「本気でやる」だけと言ってもいいほどなのです。

「でもなにもかもを本気でやったら疲れて途中で倒れる!」 ということがご心配なら、試しに一度やってみるだけにしておくことをオススメします。

長い人生ですから、日によってはインフルエンザで寝込んだこともあるでしょう。

だからといって、なにも致命的な失点にはつながらなかったはず。

「本気でやって寝込んでしまった」としても、なにも取り返しのつかないことなど起こりません

本気でやるのは性に合わん! ということであれば、またふだんのやり方に戻すことがすぐにできます。

「コツ」は本気でやること

毎度タスクがはみ出すのはなんとかしたい(削除も手間がかかる)というのはあるんですが。

だから佐々木さんが余裕があるようになったとかやったことは以前より増えているというのがどこから来るのか是非コツを知りたかったというのはあるのですが、一言で言うと心の持ち方が変わったと言うことのようなので、それは自分でやってみないと分からないな〜、とか思っています。

backstage.senri4000.com

もともとタスクシュート・ユーザーは、少なくとも時間的な意味で先のことを心配しなくなっているはずなのです。

これはグッドバイブスが倉園佳三さんによって提唱されるはるか以前からそうなっていなければなりません。

これまで確実にできていたことのうち、間違いなく今日やることだけが載っかっているタスクリストを、ちゃんとやれるかどうか不安に思うことはないのです。

あとは

  • すべてのタスクを本気でやる
  • タスクを実行したことに100%満足する

のみです。コツというならば、これがコツです。

「本気」の方はどうも誤解されがちではありますが、これだってタスクシュート・ユーザーにはそれほど奇妙な話ではないはずです。

絶対にやることなのですから、なるべく正面からしっかりと取り組んだほうが、おそらく自然な意味でよいのです。

私が心底求めていたのは「実行タスクに満足する」ことの方です。

私はここでつまずいていました。だからグッドバイブスをタスクシュートにかけ算したのです。

今やっていること以外のことをも、やるべきではないかとなぜか思ったり、ここにあるタスクばかりではなく、もっと違うことをやるべきではないかと思ったりしていたのです。

たとえばベルリンにも行くべきではないかとか。

そんなことはぜんぜんなかった。それがわかったのです。

ということは、24時間のリストの中の、24時間分が100%満足できるものだと、確信をもって評価できるようになる。

結果として、リストからあふれるタスクというものは、一つもなくなったというわけです。

もしあふれたら、あとでやれば良いだけですが。

 

30分は意外に長い

たとえばですが、セミナーをやるのが初めてで、最初から聴衆の人たちがものすごく不愉快そうで、あなたが入ってくるなら拍手もまばらで、5分話をしたと思ったらだれかが舌打ちした音が聞こえてきたとします。

それから話すべき手持ちの時間が30分だったら、その時間は

地獄のように長い

と感じられるかもしれません。

実際にはセミナーの30分というのはあっという間なのです。

 

最近になって「欲求の階層説」が問題視されているとかのエイブラハム・マスローが研究した「至高体験」(ピーク・エクスペリエンス)、つまり幸せの絶頂感のような感覚は「あまりに幸福感が強すぎて死んでしまいそう」だから、なかなか10分と保たないそうです。

性体験のオーガズムみたいなものですね。男性は特に、30分はそうそう体験できないかもしれない。

 

というわけで、はたして「30分」が長いのかどうかと言うのは、なかなか議論の余地があります。

孤独はおそらくすぐには消えない

www.works4life.jp

こちらを読んでの感想になります。

この誰も参照されない状態になる時——誰かにメッセージを送っても返ってこない、思い通りのレスポンスがかえってこない時に、こういう「孤独」といったものが生じるのかなと思った。

とすると、「孤独」というのは「期待」の一種なのだろうか、と思います。

他人に対し

  • これくらい、期待したって良いはずだ

という気持ちさえ裏切られたり無視されたとき、私たちは孤独感というものを持つのかもしれません。

この期待の妥当性が妥当であればあるほど、当事者の孤独は切実さを増し、たまたま目撃した人が良心的であれば、胸を痛めたりもするでしょう。

たとえばもうすぐ50になる私が

「いい年したおっさんが家に一人でいると寂しくなるよね」

とでもつぶやいたとしても、ある程度の「妥当性」は認められるでしょうが、胸を痛めるという人は多くはないでしょう。

これが

「お父さんもお母さんも毎日仕事で忙しいの」(7歳の少女)

となると、おっさんである私のつぶやきよりも一段と期待の妥当性が増すため、そのぶん切実さが強く感じられます。胸を痛める人が多くいるはずです。

つまり

  1. いい年したおっさんの相手をしてくれる妙齢の女性くらい社会に期待して良いはずだ!
  2. お父さんとお母さんのどちらかで良いから一緒にいて欲しいなあ!

2の方が社会に寄せる期待として妥当性が高いように感じられます。だから「そのくらいの期待に応えるべきであろう」という世論の高まりも期待できるわけです。

もう一歩進めます。

「おなかすいた・・・」(3歳児)

この3歳児の「孤独」となると、もはや何か手を打つべきだ、と大半の人が思うはずです。この「期待」はきわめて妥当性が高いと感じられます。

我々に「孤独」を感じる仕組みがあるのならば、なぜそれは必要だったのだろうか?

【読書メモ】「誰もわかってくれない「孤独」がすぐ消える本」 - works4Life

 私が思うに、孤独感の必要性とは、

  • 放置しないで欲しい(期待)
  • 放置されていてはならない(期待に応える側)

というセットが人類という種の存続の役に立つからです。あり得ない仮定ですが、人がただ一人しか世界で生きてないならば、「孤独感」というものはおそらく存在しないでしょう。

孤独感は、感じるものと、それを受け止めるもののセットで成り立つはずです。

という文脈の中で、孤独感は徐々に解消されていくでしょう。なぜならば、期待する側(孤独な人)が、実は期待される側(孤独を癒やす側)であろうと自覚するほど、問題は本質的に解決に向かうからです。

ただしことの性質上、一気には無理です。私たちは、SOSがあることを知りながら、そのすべてに応えられるわけではないこともわかっています。

孤独はすぐにはなくならない。だからすぐには消えないのです。

 

あなたの孤独は美しい

あなたの孤独は美しい

  • 作者:戸田 真琴
  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2019/12/12
  • メディア: 単行本
 

 

「できる」ことは基本、「繰り返しできる」ことなのである

「ルーチンタスク」は大事なのです。

というのがタスク管理的に「ルーチンタスク」(リピートタスク)を中心に回す理由です。

そもそも私たちは、毎日、異なる日、異なる自分を生きています。その自覚はたしかに難しいですが、考えてみればそのはずです。

ということは、一口に「リピートタスク」と言っても、毎日100%同じことをすることは決してなく、あくまでも「疑似同一性」を自らに強いているに過ぎません。

 

私は、いま、倉園佳三さんと一緒に「グッドバイブス」を一人でも多くの方に提供するべく骨を折っているつもりですが、私にとってこれをするには、やはりタスクシュートが必要です。

ここに、グッドバイブスとタスクシュートを両方とも届けようとする自分なりの根拠があります。

グッドバイブスは「幸せフェチ」であるところの倉園さんにより「即座にその場で完全に」幸せになるための発想法で、これを必要としている人は、私の考えでは非常に多くいるのです。

だから「エバンジェリスト」とかになってもいるわけです。

が、タスクシュートは、心に安定と安心をもたらします。私たちは、暦を作り、地図を作り、路線図を作り、時刻表を作って、日常がランダムにならないよう、細心の注意を払っています。

タスクシュートは、私自身のための暦と地図を兼ねているツールです。暦と地図だけで「幸せ」にはなれませんが、あるとないとでは日常の安心感がまるで違います

仕事術としてタスクシュートが役に立つのも、タスクシュートが「土台」を提供してくれるからです。地図も暦も時刻表もなく生きていたら、私たちはあっという間に消耗しきってしまい、そもそも会社に行くことすらできなくなるはずです。

もし周りの配置や配列が、めまぐるしく動き、変わるなら、私たちは「周囲」や「環境」というものを本当には理解できない。

それらは、動くことなく、そこに整然と並んで存在していることで、私たちはそこに私たちのよく知っている「世界」があることを理解することができるのである。

そんなことは、当たり前のことで、ことさら取り出していうことではないのではないかと思われるかもしれないが、そんなことはない。これは常識ではあるが、よくわかっていることではないのだ。

(中略)

私たちの暮らしが、いかに決まり切った配列や順序に支えられてあるか、そしてその配列がちがうといかにパニックになってしまうか。

物事が、そういうふうに一定の形で配置され、一定の形に並び、その順番をたどって生きることで、私たちは信じられないほどの安心感、安定感を得ているか……。

 

自閉症―これまでの見解に異議あり! (ちくま新書)

自閉症―これまでの見解に異議あり! (ちくま新書)

  • 作者:村瀬 学
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2006/07
  • メディア: 新書
 

 

 タスクシュートに慣れ親しんだ人でも、「タスクの順番や時間帯にそこまでこだわらない方が楽ではないか」と問う方も少なくありません。

それが楽ならば、それはそれでもかまいません。

ただ、もし明日の朝、駅までの道順がなぜか変わっており、上りと下りの方向が逆になっていて、普段と電車の色が違っていて、会社の中の構造が変わっていたらどんな気がするか、想像してみてください。

そしてそれが毎日続くようだったら、はたしていまと同じくらいの「生産性」が上げられるものかどうか。

そもそも正気を保つのも難しくなるのではないでしょうか?

少なくともそういう世界における「正気」というものは、現在意味するものとは違ってくるはずです。

タスクシュートの「見積時間」をどこまで重視したら良いのか?

見積時間であれ、「今日の予定」であれ、要するにあのリストにはどこまで縛られるべきか?

というご質問をたびたびいただきます。

まったく縛られる必要はないのです。

というのが私からの答えになるのですが、

「ならなんのための予定ですか?」

という疑問になってしまうようです。

あの「予定リスト」はサンプルなのです。

この世には無数のことが起こる可能性があって、選択肢は無数の結末に至る可能性があります。ちなみに私はなかなかパラレルワールドの実在が信じられません。

無数の選択の中でタスクシュートが示す「今日一日」は、一定の妥当性を示す「サンプル」としての一日のあり方です。

一定の、というのがどの程度かというのは、その人ごとのタスクシュートによって違います。

それに、予知ではなくサンプルですから、当たり前ですが可能性が100%になることはあり得ません。

サンプルということを踏まえれば

「私は今日、どの程度サンプル通りに生きるべきですか?」

という質問と、最初の質問は同じような意味になってしまい、これなら

「まったくそうする必要はないでしょう」

と言う私の言い分も、理解していただけると思います。

「ではなんのためのサンプルか?」

と言われれば

「とらえにくいものをある程度理解しやすくするためです」

というのが答えになると思います。

「24時間いつでも本気モード」でも「疲れない人」になれる、まったく新しい考え方


いつも本気モード?!

とんでもない!!

本気で仕事だの家事だのをやっていたら、すぐに息切れしてしまうし、時間がいくらあっても足りはしない!

どうやって時短するか、省力化するか。それを実現するのが仕事術だろう?

エネルギーコストをなるべく少なくして、それでも必要最低限の質を維持して、なるべく多くの生産性を高めるのが仕事術だろう?

そう思っていますか?

私も完全にそう思っていました。

 

これまで、仕事に必要なエネルギーをギリギリまで節約し、それでもなるべく質や速度を落とすことなく、50何冊かのビジネス書を書いて、生きてきました。

なぜならそうしないと、とても生きていけない。ヘタをすれば死んでしまう!

生まれつきからだが大きくて丈夫な人なら良いけれど、自分はヘタレで虚弱体質なのです。
それでもこの過酷な競争社会で、人並みに仕事をできるようにしてくれたのが、仕事術であり、タスクシュートでした。

本気を出せ!
情熱を燃やせ!!
バーニングしろ!!!

そういう人とは、たとえ仲良くなれたとしても、その考え方には決して染まらないように気をつけてきました。

できるひとは、そうすればいい。
でも自分には、できないのだ!
それをやったら、死ぬしかないのだ。
そう本気で信じていたのです。

そんな私にとって、とても不思議な出来事が起こります。
2018年夏のことです。

私が決して信じてはいけない血迷った考え方であったはずの「物事に本気で取り組む」という発想を受け入れてしまったのです。

倉園佳三さんのWebマガジンの一文に

本来、最強かつ最速であったはずの自分を取り戻す

changes.jp

とあったのです。(こちらの記事は、第1話目のため、全文を無料でお読みいただけます)。

 

こういうとき、いつも私は同じ対応を取るのでした。

それはそれ、これはこれ。
私は私。彼は彼。
もっと言えば
「私は虚弱」「彼は強靱」

そうです。これです。


だからそれでいいのです。倉園さんは「最強かつ最速」であっても、「佐々木は虚弱かつ低速」で良いのです。

(ちょっと極端ではあります。これは「自己防衛」が目的だからこういうふうに自虐するのであって、四六時中こんなふうに思っていたことはないです)。

 

「グッドバイブス」はこれを一変させる考え方でした。私にとってまったく新しい考え方です。

結論から言うと私はこれをほぼ全面的に受け入れたのです。

とは言え、私が一変させたのは考え方であって、生活でやることは同じでした。

生活でやることは相変わらずタスクシュートに記録されていて、あまり変化がありません。

ここでは考え方を変えるだけで良いのです。

考え方を変えるだけで、大げさに言えば「何もかもが」手に入ります。

時間も、人間関係も、健康も。

(ここで、特に心理学関係にお詳しい人だと、佐々木は軽躁気味なんではないかと疑う方もいらっしゃるでしょう。それもよくわかりますし、自己判断で否定はできませんが、直接会っている方に「ハイテンションになった」とは言われてません。)

最近の佐々木はいったい何を言い出すつもりなんだろう(その疑問はもっともです)、という人にぜひ、大阪でお目にかかって、お話しさせていただきたいです。

nokiba.doorkeeper.jp

「やりたいことがわからない」と「やりたいことばかりである」とはよく似ている

認知的不協和という理論があります。

通常は、オカルトな宗教にはまる人たちはなぜ、教祖様が予言した「世界の終わる日」が過ぎてもなお、その宗教にはまり続けているのか。その「信徒の心理」を説明するために使われます。

これとは一見かなりかけ離れている

  • 私たちはなぜ、ずっと前からやりたいと思っていた筋トレに取り組まず、どうでも良いテレビ番組を見てしまうのか

ということが、よく似ていると思ってきました。

どちらも、心の底には何らかの不満足を残しています。

教祖様の予言通りには、なっていないと、信徒の人は気づいているでしょう。

自分が本当は筋トレをすべきだったと、テレビを見ながら思う人も少なくはないでしょう。

このような問題になるとつい

  • ほんとうにやりたいこと

という言葉を使いがちです。この言葉はどうしても

  • 「私」という存在には本質的一貫性がある

というニュアンスがつきまといます。

本質的に一貫した私!

これこそが、どこを探しても決して見つからないもののはずです。

  • 「私」はいつも流動的

だということさえ忘れなければ、筋トレを「やりたかった」としてもいまは「テレビが見た」くて、当然だと考えられるはずです。

  • 本来一貫しているはずのものが、なぜか変化してしまった

のではなく

  • 本来変化し続けているものに、なんとかして疑似一貫性を与えたい

と考えれば良いのです。

こう考えれば

  • 「私」はいつでも筋トレがしたくなる

ということはあり得ないので

  • 筋トレを嫌いになったときの「私」にでも筋トレをさせるにはどうしたら良いか?

にくわえ、

  • 筋トレを嫌いになったときの「私」にでも筋トレをさせるのは良いことなのか?

というふたつの問をつねにたて続けねばならないと了解されるでしょう。

そしてこのふたつの問も、流動的な「私」は常に忘れ続けるので、絶えず「手紙」を手渡し続けてやる必要があることも了解されるはずです。

その手紙がメモであり、その手紙をわたし続ける仕組みをタスク管理というのでしょう。

ちなみにこの「手紙」を読むことで、その手紙の意味するところは理解できるのが、「私」の疑似一貫性であり、通常は「記憶」と呼ばれているものの力です。

グッドバイブスメールマガジン刊行中です

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倉園佳三さんのブログ記事の下に、私の「コメント」を追記するようにしております。

心理学的な内容をコメントしていますが、それに限っているわけではありません。

いつも心理学的にいくばかりでは、かってよくないこともあります。

 

たとえば「不安のせいで先送りする」という現象があります。

これなど、「人はなぜ不安になるのか」というアプローチがひんぱんになされますが、むしろ必要なのは「不安でいることを止めるアプローチ」なのです。

そんなことができるのか?

 

先送り対策というのは多くの場合

  • どうやって「できるかどうかの」不安を取り除くか
  • 不安を取り除く工夫
  • 良い未来を想像する

といった方針になりがちですが、原因に目を向けて、それをとりぞのそいたりツールを使ったりすれば論理的、というわけにはいきませんし、ライフハック的でもありません。

仕事に何かしらの不安を覚え、それを紛らわすべくマンガを読んだりしないように、マンガを片付けておく。

それは有効な手立てでしょうか? 私はマンガを探し出すだけだと思います。

そもそも肝心の「仕事への不安」は、マンガが手元にないからといって、まったくなくなっていませんし、減ってもいません。

まず、不安を消す。なぜなら不安はグッドバイブス流にいえば「イリュージョンだから消せる」のです。

イリュージョンとはなんでしょう。

イリュージョン=幻想とは、本当は頭の中にあるものを、頭の外の現実だと思い込む、誤解です。

この思い込みが解けると、頭の外に「不安」はないことがわかります。すると、不安そのものが消滅するのです。

そんなのはウソだ、非現実的だと思う人があったら、睡眠中の夢のことを思い出してください。

あれはイリュージョンです。なぜなら、夢が幻想だというのではなく、夢を現実だと思い込んでいるところが、幻想なのです。

実際、目が覚めて、現実を認識すると、その瞬間に夢は跡形もなく消えてしまいます。それまでどれほど現実的だったとしても、ゴジラも高層ビルも消えてなくなるのです。

不安など、一瞬で消えます。すると仕事に取り組むのは容易になります。

不安を消す工夫はいらないのです。不安を消せば良いのです。

12月に開催したりゲストで呼ばれるイベントをまとめます

GTDセミナー

lifehackbar.doorkeeper.jp

一番近いのが、今週土曜日に迫っているGTDセミナーです。

このセミナーではなんと言っても

「洗い出す時間を取って欲しい」ということがあります。

他のタスク管理系でもよくご相談いただくのですがそもそも、

「自分が絶対にやるべきことをリスト化できてない」(し、その時間もない)

ということが少なくないようです。

まずこれをなんとかする必要があって、その前にその時間を確保しないと、ということでやることにしました。

 

大阪でグッドバイブスセミナー

nokiba.doorkeeper.jp

次はこちら。ついに大阪進出!

こちらはなんと言ってもご要望が多かった「東京以外でもやって欲しい!」にお応えしたいというところです。

今のところまだ「グッドバイブス」の意味というのが正確に伝わっている気がしません。

これは私から見ると「あらゆるライフハッカーに必要な考え方」です。

たとえば次のような感じを抱いている方にぜひ来ていただきたい。

  1. 仕事は確実に効率化しているが、それでもあまりにも多忙でツラい
  2. 逆に仕事をトコトン効率化したが、自分がやりたいことは何もしていないように思う(ちょっと寂しい)
  3. 効率化はともかく仕事に行きたくない。だからといって仕事を辞めるのは不安だ。何をしていいかもわからない
  4. ライフハックも知っているし仕事もやっているが、理由のよくわからない不安感に苦しめられている
  5. もう少しライフハックを結果につなげたい

私の考えでは1〜5の問題を「さらなるライフハック」によって解決を図るより「グッドバイブス」の方が10倍も効きます。

 

東京ライフハック研究会

kokucheese.com

こちらは主催のBECK(北真也)さんに依頼されました。

いつもありがとうございます。

ここでも私の他倉園佳三さんとお話しさせていただきます。

私のテーマは、

発達障害(グレーゾーン)の方とライフハックの良い関係について

です。

この件は、意外に思われるかもしれないけれどやはり、グッドバイブスへとつながっていくので、この機会がベストなのです。

まだお席かなりございます。

 

グッドバイブス忘年会

www.facebook.com

こちらは、どなたでもご自由にご参加いただけます。

もちろん私のほか、倉園佳三さんも参加します。

特に何か「レクチャー」や「ワークショップ」が用意されているわけではないですが、疑問に思うところや詳しく聞きたいことなどがありましたら、ぜひどうぞ!

手帳が有効か、手帳術が有効か、それとも手帳伝道師になるべきなのか?

治癒とはある生き方のことなのだ。

心の治療は生き方を与える。 そしてその生き方はひとつではない。

 

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

 

 

インチキ療法、という言葉の意味を再考させられる本でした。

私たちはつい「インチキ療法」というものを

  • 効きもしない薬をべらぼうな金額で売りつける犯罪者

のように思いがちですが、 この定義だけではいろいろな無理が生じます。

  • それなら明らかにどう見てもインチキにしか見えない薬でも、効けばOKか?

という問にどう答えましょう?

「そういうことはあり得ない!」とどれほど強く思っても、効くと思って飲めば真水でも病気を治すということが、現実に起こってしまうのです。

というわけで「ライフハックの薬効」について考えることになったのですが、今回はわかりやすいように「手帳」について考えます。

年末といえばどっさり手帳がLOFTなどに登場します。

手帳が仕事なり生活なりを助けるかといえば、助けになる人は多く居るでしょう。

とくに、

  • これまで予定管理を完全に頭でやってきたが、人に怒られてばかりいる

という人には効果があるはずです。

これを「手帳に救われる人」としましょう。

また、手帳をそれなりに役立ててきたが、特に役立つのは大好きなデザインの手帳を使うことや、特別なやり方がとても自分にフィットしているから、というタイプの人もいるはずです。

これを「手帳術に救われる人」としましょう。

ここで冒頭の引用を思い出し、それをもじってみます。

  • 手帳とは、ある生き方のことなのだ。
  • 新しい手帳は、新しい生き方を与える。

無理があるようにも見えますが、しかし現にこうやっている人はそれなりにいらっしゃるのです。

『野の医者は笑う』からもう少し拝借しましょう。

心の病いや傷つきとは、生き方の不調にほかならない。

私たちはこの世界の中でうまく生きていけないとき、心を病む。

・・・そういう危機のときに、心の治療は、人に新しい生き方をもたらす。  

その生き方はそれぞれだ。

 

仕事をしていて、やる気がなくなったり、燃え尽きそうになったり、残業続きで仕事が回らなくなります。仕事の不調です。

そうしたときに、新しい手帳を買うことがあるでしょう。

これは新しい仕事のやり方を、提示してくれるように見えます。もちろん、手帳の数は膨大であり、使い方は人それぞれです。

大事なのは、生き方がひとつでないように、仕事のやり方もひとつではないことです。

それは誰だってわかっていることではありますが、私たちは非常に不思議なことに、黙っていると毎回、まったく同じようなやり方・生き方を繰り返すようになるのです。

けれども、朝起きてみたら、目の前にまったく見たこともないような手帳があったとしたら?

あるいは、まったく新しい手帳術を試したところ、それまでの仕事がまったく新鮮に見えるようになったなら?

あるいはいっそのこと、仕事なんか辞めて、「このすごい手帳術で人生が変わりました!」とYoutubeで叫んでみたら、それが新しい仕事になった!としたら?

それらは「(この)手帳(術)のおかげ」ではないと思われるかもしれませんが、本人にしてみれば紛れもなく「(この)手帳(術)のおかげ」なのです。

そして同じようなことはきっと、他の人にも起こりうることです。