佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

コピペをもっとラクにして、日々の作業効率をラクに高める

「マウスから手を離さない」という効率化

という小見出しをつけていただいたか自分でつけたのかは忘れましたが、自分の頭には残ってしまいました。

キーボードから手を離さない、ならよく聞くと思うのですが、一度マウスやトラックパッドに手をやったら、そこから手を離さずに済ませるのもけっこう馬鹿になりません。

海老名久美さんと共著を書かせていただいて、一節ごとに勉強になりましたが、なかでも PopClip を徹底活用するになって、かなり楽になりました。

なんてことはないように思われがちなツールだと思うんですが。

 

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PopClip Extensions

 

とりあえず、中でもなんてことないようなこれらのエクステンションをいれてみて、普段キー操作するであろう事を、ことごとくトラックパッドで済ませるようにしてみるだけで、ラクー♡ってなると思います。人間て変なもんだ。

特に、ペーストしてからエンターキーだとか、テキスト選択してからデリートキーだとか、今までよくあんな事やれていたなご苦労なことだ、なんて思ってしまうからこういうツールは侮れません。

 

たった1日で即戦力になるMacの教科書

たった1日で即戦力になるMacの教科書

 

 

たすくまをとりあえずブログのネタ帳にしている私の悩み

Apple標準のメモ帳が結構便利だったからEvernoteと比較してみる | ごりゅご.com

この記事を読んでみて、改めてまた迷いだしているというわけですが・・・。

そもそも「メモ帳」がどれほど便利であっても、Evernoteと比較するというわけにはいかない。

といいますのも、Evernoteにすでにあるノートをどうしてくれるかという問題が、機能の便利さとはまた別のところにあるからです。

一方で、iPhone自体を携帯ノートして使いたいというのはもはや当然できてなければならん話であるわけですが、Evernoteだとどうもなかなかそうできない。どうしてああなるんでしょうか。

私はEvernoteにすべてがメモされるという機能を使うために、たすくまをブログのネタ帳にもしているのですが、たすくまにはウェブクリップをするわけにはいかないのが大きなネックです。もともとそういうものではないですからね。

そこへ、iPhoneのメモ帳は、たしかにいいかも、と思うわけですが、これを使ったら断じて「ノートが2つ」になってしまう。紙に比べれば無限とも言える情報搭載量をもつEvernoteがあるのに、わざわざ同じものを2つにするのも。

 

情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

 

 でも、iPhoneで使う限り、「メモ帳」はたしかにいいアプリなんですよね。逆にだからこそ、いやなんです。これを使い出すと、間違いなくこっちにいくらかの情報が走り始める。でも、Evernoteは長い歴史があるため、「情報をここへ一元化する」機能が群を抜いている。決してEvernoteを「使わない」なんてことにはなり得ない。

結局Evernoteらしきものを使う限り、情報が2つのノートに分かれていくことは避けられなくなる。

もちろんこれは「記録の分量が多い」のも関係してるのでなんとも言えない部分もあるんですが、iPhoneからすぐにササっと使いたいようなメモは「メモ帳」に置いといた方がなんだかんだ便利。

ただ、やっぱりメモ帳だとiCloudの保存容量の問題があったり、Evernoteの最強機能(だと思ってる)ノートリンクが使えないとかもあって、まだまだ「どっちにもいいところがある」って状況。

Apple標準のメモ帳が結構便利だったからEvernoteと比較してみる | ごりゅご.com

どうしようかな。

 

Todoistのフィルター機能を活用する

おおむねシゴタノ!の大橋悦夫さんの影響でやっていることですが、プロジェクト管理ツールを使っていて、「タスクのチェックリストをチェックできない」という問題があります。

もちろんチェックしてもいいのですが、それが何かと不便なのです。

そこで、終わったタスクは「ログ」というカテゴリをわざわざ設け、そこに移動することにしています。

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これは現在進行中の書籍原稿の「プロジェクトログ」なのですが、タスクにチェックしてしまうと、タスクが消え、連携しているグーグルカレンダーからも消えてしまいます。

気持ちいいかもしれませんが、後から振り返ったとき、消えているとなんだか分からなくなります。

そこで、ただ「ログ」というカテゴリに移すわけですが、そうすると新たな問題が起こります。「今日」などを開いたとき、やったことがやってないことになってしまうのです。「ログに移したことはやったことだ」ということがTodoistにはわからないからです。

そこでしようがないので私は、優先順位が低いというフラグを立てます。そしてそれを「今日」には現れないようなフィルターを設定しています。

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くわしい説明はしませんが、これはつまり、「今日か明日のタスクのうち優先順位が立っていないものと、優先順位1のものだけを表示せよ」という意味です。「優先順1」とは、「いつのものにせよ、とにかくやらなければならないことでやってないこと」です。通常これは使いません。よほど遅れた仕事だけです。

それ以外は表示されないので、日付がいつであっても優先順位「3」とかにしたのは、「ログ」ということになるわけです。

 

support.todoist.com

たすくまをDayOneのように使う

 DayOneというのは老舗と言っていいようなライフログアプリです。ずっと実験的に使っていたのですが、やれることがほぼタスク的かぶっている上に、個人的にはちょっと使いにくいところがあって、手放しました。

dayoneapp.com

私はタスク管理として「たすくま」を使っているわけですが、ライフログとしてもかなりいけるのです。もしタスク管理に興味がないという方は、たとえば「食事記録ツール」として試してみることをおすすめしたいです。

 

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たとえばこんなふうに、食事の写真とともに食事処のデータを残しておくのもわりと簡単にできますし、これをEvernoteに送ることも容易です。もちろん、お店の名前などをあとから検索するのも簡単にやれます。

 

お店の地図も、メモさえ残しておけば、ほぼ自動的に記録されていきます。

 

 

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さらに、リピートタスクとして登録してあげる必要がありますが、常習化したい行動をどのくらいの頻度で続けているのかといった記録も、ログとして残っていきます。カレンダーにバツ印をつけるようなことを自動化できるというわけです。

このブログを書くとか、庭の手入れをしているのかとか、そういったことです。

 

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「シンプルなタスク管理」では済まなくなってくる理由

「たすくま」のようなツールを使っていると、「そんなたいそうなものが必要なの?」という猜疑の目を向けられることも、一度や二度ではありません。ぱっと見は、たしかにパラノイアかもしれません。

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この調子で約80項目が夜ねるまで続く。わけですが、一見したところほどたいしたことではないのです。

それよりも、今のような時代にこれナシにはたしてやっていけるのか、私にはむしろそのほうが不思議なのです。

タスク管理というのは、記憶のサポートです。一番ポピュラーなのはメモとペンですが、そもそもどうして記憶のサポートが必要になるかというと、「前意識」が混乱を来すくらいに、記憶する必要のある事項があふれるからです。

前意識とは耳慣れない言葉ですが、思い出そうと思えばすぐ思い出せる記憶のことです。短期記憶とはちがいます。7±2とかいったような少ない容量ではあり得ません。今日は何日か? あなたの名前は? 今日の用事は? 行き先はどこでしょう?

問われるまでは忘れているけれど、問われれば思い出せる。思い出せるならそれは「無意識」ではなく「前意識」に納まっていると、フロイトが言いました。

これをサポートするのがメモであり、タスク管理システムなのです。メモで済むならいいのですが、返信すべきメールの数が10を超え、読みたいネットの記事が100を超え、職場で先送りにしている懸案事項が1000を超えるようになってくると、メモが飛散を始めるはずです。

「意識」と「前意識」という脳のシステムは至極便利でよくできたものです。今やるべきことだけを「意識」して、あとでやるべきことは「前意識」にいれておけばいいのです。人はそれを忘れ去って「無意識」に落とし込んだりは、普通はしません。脳はそれを勝手にやってくれます。脳ってすごい!

 

脳ってすごい!―絵で見る脳の科学

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問題は、あまりに「あとでやること」が多くなりすぎると、「あと」がいつまでたってもやってこず、そのうちに「前意識」にも保持されなくなり、「前意識」にあるはずのものが「無意識」に落ちていってしまうということです。

仕事を「今すぐ」と「後で」の2つにしか分類しない人はたくさんいます。しかし、この分類では「後で」はほぼ「やらない」になります。それを自覚しているから「今すぐ」を手いっぱい抱え込むことになってしまうのです。 「今すぐ」が多すぎるということは大問題。仕事に振り回されて、集中できず、毎日がストレスだらけになるからです。

(太字は佐々木)

仕事に追われない仕事術 マニャーナの法則 完全版

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どうしても前意識の拡大と、その堅牢性を高め、できればもっと高機能なものに保管して欲しいところなのです。タスク管理システムは、その必要性によって生み出されたものです。

 

やる気を出すには?

 

 こんな本を読みました。

まったく大変な話です。が、絵の雰囲気がそれほどおどろおどろしくなかったので、あまり深刻にならずに読み進められます。

そしてこの中に、いっつも自分がテーマにしていたことが漫画化されていたので、ちょっと紹介させていただきます。

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 「だからそのとっかかりが知りたい!」

ですよね。

これでは無限後退もいいところです。やる気を出すには、やり始めればいい。そのやり始めるやる気を出すには? やり始めればいい。その・・・

作者高嶋さんの工夫もなるほどと思いましたが、私が思うに、そもそも「やる気を出したい」という気分になってゴロゴロしている・・・そこに至った流れそのものに、問題が潜んでいる気がします。

パソコンでもそうですが、電源オフにするよりは、スリープから復帰する方が、短時間で、負荷も少なくて済んでいるはずです。

休憩から起動する。そのスイッチには負荷がかかるので、その負荷をあまり高いものにしないためには、電源をオフにするよりはスリープ。スリープよりは画面のオフで済ませるのがやはりベターでしょう。

iPhoneで珊瑚礁の海を動画撮影しました。約40秒の動画です

要するにそれだけの話なのですが、これは、なにか特殊なものをつけて撮影したわけではありません。iPhoneをむき出しで海中に持ち込んで、動画撮影しただけです。

私はこの種の知識も能力もさっぱりです。ただ、きれいな海に入って、ひたすらiPhoneを向けていました。泳ぎはまあまあ達者ではありますが、泳げなくても足のつくところでした。

いまどきの技術はすごいです。という話でした。本当に旅行にはiPhoneだけ持っていけばいいな、と私は思って使いまくりです。そう、バッテリーだけがあと少し。

画面を大きくしてみていただいた方がいいかも。


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もっともっと神々しいものが必要だ

ライフハックなんてくだらないことだ、という意見を否定するつもりはないのだが、だったら「くだらなくないこと」というのは何だ?という話が出てくるはずだ。

私は1日おきくらいにはモーツァルトの「魔笛」を聞いて、ほとんど連日コリン・ウィルソンをよんでいたという時代があったのだけど、それは「くだらなくないことはすぐ目の前にある」という話をずっと聞かされ続けないと、すぐになにもかもがくだらなくなってしまうという一種の病気にかかっていたからだった。

日一日と生きれば生きるほど、人生は、ベートーヴェンの第九よりも《魔笛》のようなものに思えてくる。

人生が時折《第九》的なものになるとしても、南極探検のスコットや、エヴェレストの頂上めざして最後の断崖にいどむエドマンド・ヒラリーといった連中の場合だけだ。

われわれ残りの者はといえば、人生のくだらなさゆえに、武装解除の状態となり、真剣な努力を払う気もしなくなるのだ。

こういう状況の下でタミーノが振るい起こす勇気は、どちらかといえば、人間が、なにか大きなことをやりとげたり、どんな生活であれ、初心をみごと貫こうとするとき必要とするような勇気に、近いものだ。

ラッパが鳴り渡り、興奮で髪が逆立つようなときなら、だれでも勇気を出せる。

木曜の午後リージェント街で、精神的に価値あるものを創造しようと思ったら、ある種のもっともっと神々しいものが必要だ。この辺の事情を、モーツァルトは、本能的に心得ていたのである。

コリン・ウィルソン音楽を語る (1970年)

コリン・ウィルソン音楽を語る (1970年)

私はこれにまったく賛成だ。中年になってみて、ますますこう思うようになった。子どもを授かるような素晴らしいことが起きたとき、それはある意味ではオリンピックで金メダルを取ることよりも素晴らしいと《思うべき》なのだろうけど、そうは思えないようにアタマに何かが仕掛けられている。

「みんなちがって、みんないい」というような標語と、「自分は何ものでもありはしない」という「残念な」思いの間には平行線があって、この間隙の中には教訓と詐欺がうようよしている。

タミーノなんて、ちょっとでもフェミニストな思考をもっていたら、ヒーローの名にまったく値しない王子様だけど、のび太くんがヒーローになったとき、映画を見ている子どもはたいてい感動する。モーツァルトはのび太くんよりずっとダメなモノスタトスがこっそり王女様をレイプしようというときでさえ、神々しいメロディをつけてあげる。

こういう視点を見失わないようにすることで、「見積もり時間ぴったりにタスクを終わらせた!」というどうでもいいようなことがらに必要な視点を得ることができる。くだらないことでもあるし、神がかったことでもある。そういう話は、ウソではないのだ。

 

 

iPhoneからSuicaアプリが一瞬消えてドキッとしました

ringo-master.com

「iPhone」「Suica」「消えた」などのキーワードで検索すると情報が得られます。

基本的には、Walletから追加登録する流れを再度実行することで、「カードを再度追加」する選択を選べるようになっているのですが、「削除」したわけではないのにカードが消えたりすると非常に心臓に悪いものです。

私の場合の原因は、どうやら妻のiPhoneから私のiPhoneの位置情報得られるように共有設定したことでした。

旅行中で、iPhoneのSuicaにかなりの金額をチャージしていたため、一瞬非常に重苦しい気分になったのでここに書いておきます。

先日楽天カフェに行ってみました

渋谷駅周辺で電源を探しているなら「楽天カフェ」をおすすめする5つの理由

こちらの記事を読んで、ちょっと電源を探してもいたので。

数回いってみて、混雑時とそうでない時間帯との差がかなり大きいです。ただ、総席数がかなりあるので、よほどの時間でなければ、座ることはできそうです。

時間制限もあるので、半日居座って作業、というわけにはいきませんが、常識的には問題ない時間、すごせます。

楽天なので「エディ」が使えますが、スイカは使えません。

場所は、方向音痴の私でも簡単に見つけられましたので、渋谷駅から近いですし、おそらくだれでもたどり着けるところです。

かなり作業をみっちりやる感じにあふれているところなので、どちらかというと「渋谷でデート」には向きません。二人そろってライフハックなカップルなら問題ないかもしれませんが、一人で電源使って作業するにはいいところです。

楽天カフェ

食べログ楽天カフェ

タスク管理で「やりたいことを全部やる」は可能か?

業務時間中は自己流のベタベタ付箋タスク管理術でやりくりできているのだが、その前後がボロボロ。出社前も帰宅後も、「あれも書かなきゃこれも書かなきゃ」となりつつ「筋トレもしなきゃ」「おもしろい飲食店情報を」「本を読んで自己啓発」「今日のニュースを」「ブログチェックを」「ウルトラマンジード観ないと」その他めいっぱい、ただひたすらに追われている感覚に陥って、最終的には「なんと私はダメな人間なんだろう」で終わり、枕を涙で濡らすのだ。

yamama48.hatenablog.com

 

セミナーご参加いただきまして、大変ありがとうございました!

改めてお礼申し上げます。

実際にお目にかかってみて、改めて思ったのは、「やまやま」さんはやっぱり私なんかよりずっとやりたいことも多く能力も勢力もお持ちなのです。jがいてよかったよ、と感じたものです。

「いつかやりたいこと」は「カタログリスト」に避難させて、「カタログの全部を買える人はない」という一般論で落ち着ける私のような人間は、それが人間的な欠落だと言われれば、それも事実なのです。

「カタログを全部買っちゃうぞ!」と言って、それを可能にするビル・ゲイツのような人だっているのです。「自分がゲイツになれないなんて、誰が決めた!」と言われれば、それもそうです。私はなれないと思うのに苦労がないのです。

しかし、現代の、いろんな意味で自由な社会において「やりたいことは死ぬ前に全部やるのだ」という主義の人を否定することはできません。タスクシュートは「バートレット引用句辞典」とはちがう形でものの道理を説いてくれるツールで、「それは無理」と腑に落とすことができますが、それとはまたちがった道もあるのではないかと、時折夢想します。

タスクシュートで、ものの道理を無視してカタログを全部実行できないか?

あるいは、とうてい実行できないカタログを何かもっとちがう形にできないか。

そんなことを悩みつつ、「自己流のベタベタ付箋タスク管理術でやりくりできている」というのは実際どんなものであるか、興味があります。これを可能にしてしまうというところにも、私とのタイプの違いを感じさせられますね。

夢を叶えるタスク管理マニアにご参加いただきありがとうございました!

セミナーから帰宅の中この記事を書いています。

本日は猛暑の中、人口密集気味の原宿セミナーにご参加いただき、大変ありがとうございました!

あいかわらずjMatsuzakiが非常に独自な「やりたいことをやる」路線をタスク管理していて、率直に元気づけられますね。

私が喋ったことはいつもの通り、デイリータスク中心路線です。どうかプロジェクト管理路線でうまくいかない人に、この発想を試していただきたいと思います。

また、このことはブログでも書いていこうと思いますが、優先順位をどうするかという話になったとき、優先順位の相対性を忘れないでいただければと思います。

書くから、そしてしばしば実行するから、相対的に優先度が決まるのです。最初から物事の優先度が絶対的に決定されているわけではないのです。

いろんなものを食べるうちに、食べたものの中のどれよりどれがおいしいとなるのです。それに、甘いものを食べると、しょっぱいものがおいしくなるのです。するとまた、甘いものが欲しくなるのです。価値は、並べることで変わるし、並べ方でも変わってしまいます。

最後に、「いいたいことやまやま」さんがご参会してくださりました。とてもうれしいハプニングでした。

私は時に「何のためにブログを書いているんだろう?」と思ってしまいますが、ブログを読むことはとても好きです。だから優れたブロガーさんに会えるのもとても楽しいです。そう思ったら、やっぱりブログを書き続けようと思えました。

yamama48.hatenablog.com

宇宙バンパイアーとのとても奇妙な出会い

 

宇宙ヴァンパイアー (新潮文庫)

宇宙ヴァンパイアー (新潮文庫)

 

これはコリン・ウィルソンという、ウィルソニアンとも言うべき人々の間では絶大に知られているけれど、今となっては限りなく無名に等しくなっている人の、おそらく最高傑作とされているB級映画の題材みたいな小説である。

このような紹介文にはわけのわからなさを禁じ得ないだろうけど、小説を読んでみて、しかもこれを面白いと感じてしまったら、この紹介文以上に簡潔に紹介するのが、そんなに簡単でないことがわかってもらえると思う。

この小説を、なぜか村上春樹さんが推薦している。だからこんな形で復刊しているのだが、だからといってそんなにこの小説を高く評価しているわけでもないらしい。「ストーリーは弱いけど、なぜかいい加減な思想がその脆弱性を補っているという変な組み合わせの小説ですよね」などという評価だったりする。

この小説というか「スペース・バンパイア」というものには実のところ、3度、変な出会い方をしている。

1度目は小学6年の頃に、担任の先生が同級生を「スペース・バンパイア」などを見に行ったということで叱りつけていたのである。つまりそれは当時「エロ映画」でしかなかったのだ。少なくとも当時の担任の先生にしてみれば。まあ、見に行った同級生も当時にしては早熟なヤツで、「エロ映画」を見に行ったんだろうと思う。

2度目は私がすっかりコリン・ウィルソンにハマっていた頃に、妹が古書店から買ってきたのだ。これはまっとうな出会い方で、まさにこれはウィルソンの小説としては最高傑作だと思った。そのときふと、「あれ、これはスペースバンパイアというんじゃないか。するとあの小学6年だったときの映画って、これだったのか!」と思ってさっそく映画を見て、非常に後悔した。

村上春樹さんが「これがひどい映画でね(笑)まあ、とんでもない映画で。」と述べているが、本当にそれ以外まったくなんともいいようがない映画なのである。原作のストーリーを無視しているわけではないが、原作はどこかへすっ飛んでしまっているとしか思えない。

で、3度目が今回。せっかく復刊してあるんだからと言うことですぐ買ったのだけど、しばらく読む気がしなかった。ハマっていた頃ならともかく、今はもう、なんか読まなければよかったようなことになるのが、イヤだったのである。

が、読みなおして、やっぱり自分にはこの人の作品というか作風というか文体がとても合っているのだと確認した。たしかに以前に比べると、自分が歳をとったせいで、アラが見えてしまうが、そんなことはわりとどうでもよかったりもするのだ。結局、面白いのである。

こういうことを、ブログにも書いておこうと思ったので今回、書いてみた。つまり、私たちが「忘れる」というのにはいろんな意味があるものだ。コリン・ウィルソンの「宇宙バンパイア」を忘れたということはなかったが、それを面白がれる自分というものを、我ながらうっかり忘れていたのである。

ブログはメモのように書いたらいい

先日、成果と変化を同時に求めない、というようなことを書いておいたところ、妙に反応が大きくて驚きました。ブログには、こういう驚きがあります。

たぶん、一定の反対があるだろうなとはなんとなく予感していましたけど。

nokiba.hatenablog.jp

本は、たしかに「変化する前に一気呵成に書く」というわけにはなかなかいかないので、変化せずに本を書き上げる、だと違和感をもたれるのは分かりますが、メモならそうでもないでしょう。

人がメモするのはまず間違いなく「変化する前に成果を確保する」ためだろうと思います。

この場合変化するということは、メモする内容を忘れるか、あるいはメモしなくていいような気分になってしまうことをいいます。

本を一気呵成に書く人は、おそらく同じような気持ちで本を書くのだろうと思います。私にはそれはできないから、一定期間自分をホールドするようにしているわけですが。

でもブログは、本よりはメモに近いものだと私は思います。ブログすら、本のようにしてしまうと、「このネタで書こうとしていた昨日の自分は一体何を考えていたんだ!?」ということになってしまって、いつまでもアップできなくなるわけです。

本を一冊書き上げるために心がけていること

自分としては極力避けたい心得的な話ですが、先日のタスクカフェで少し気になることがあったので、自分へのフィードバックも兼ねて書きます。

自分は、本を一冊書き上げるまでは、極力「変化しない」ことを心がけます。

非常に単純なことをいえば、最初の一文を書くときに目指していることと、最後の一文を書く頃に目指していることが正反対になっていたら、困ると思うからです。

もちろん人間生き物ですから、100日以上なんの変化もせずに生きるということはあり得ません。それじゃ死んでしまいます。

けれども、成果を出すためには変化を避ける必要があると、よく思うのです。

留学中、論文を書ける人とかけない人との違いによく想いをはせました。

論文を書けないという人はとにかく、変化を求めます。成長ということもそうですが、なにかをするならば、変化が得られないと、損だという感覚を持っている感じなのです。

けれども論文というのはそうでなくても、「どんどん新しい知見に刺激を受けつつ」進めるものであるため、「常に進化」しているような人(そんな個体は原理上この世にありえないと思いますが)は、いつまで経っても1ページもかけなかったりするものなのです。

なにか、絶え間なく変化を求めつつ成果を求めるというか、成果を出すということは変化をともなうという掟のようなものをにおわせる人がありますが、それはあったとしても特異なケースだと思います。