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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

地味〜な天才

ナポレオン軍の惨状についてのパルチザンからの情報、モスクワからの撤退準備のなど、すべてが、フランス軍は壊滅して、逃げ出そうとしているのだという推測を裏書きしていた。しかし、それはただ推測にすぎず、若い者たちには重大に思えたが、クトゥーゾフにとってはそうではなかった。彼は六十年の経験で、噂にどれほどの比重を持たせればいいか知っていた。何かを望んでいる人間は、望んでいるものをあたかも裏書きするように、すべての情報をまとめる傾向のあることを知っていた。また、そういう場合、矛盾するものはすべて進んで見逃してしまうことも知っていた。だから、クトゥーゾフはそれを希望すればするほど、ますますそれを信じまいとした。

 

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これはクトゥゾフ将軍の「天才」をトルストイ流に描写している場面ですが、こういうことを1860年に書けるトルストイは、やっぱり天才です。クトゥゾフが天才なのではなく。クトゥゾフは天才だったのかもしれませんが。

まるでダニエル・カーネマンが書いたかのように、私は思ってしまいました。「感情ヒューリスティック」を慎重なクトゥゾフはこの上なく警戒しているのです。

感情ヒューリスティックというのはたとえば「あなたが現政権の医療政策に満足していたら、この政策は便益が大きく、費用も他の政策に比べ割安だと判断するだろう」(『ファスト&スローp153』)ということです。

ようするに人は見たいものを見、都合のいい情報を自動的に取捨選択してしまうということなのです。ある会社の株をたくさん購入した人はどうしても、その会社に関するいいニュースが耳に入りやすくなり、悪いニュースは無視しがちになります。おそろしいことに無意識のうちにそれが進行するのです。

でも経済心理学者たちがこういう人間の傾向を学術的に研究しはじめ、ようやくとりまとめているのは21世紀です。トルストイが小説に書いたのは1869年なのです。

もう一度引用します。

何かを望んでいる人間は、望んでいるものをあたかも裏書きするように、すべての情報をまとめる傾向のあることを知っていた。また、そういう場合、矛盾するものはすべて進んで見逃してしまうことも知っていた。だから、クトゥーゾフはそれを希望すればするほど、ますますそれを信じまいとした。

 

私たちのこの傾向は、おそらくものすごく強いので、文豪に言わせればこの傾向に意志的に抵抗できて、そういう方針で行動できるような将軍は、すでに天才だというわけです。