佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

書籍の大半は見たことも聞いたこともないものになっている中で

ようは「読み終わった本」を紹介してくれるのはよいのだけれども、それだけだとあまりに数が少なすぎるんじゃないのか、ってことなんだと思います。ですよね。

rashita.net

あー、いえ、ちょっと違う気もするんだけど、結論は同じなのか?!

『読んでない本を堂々と・・・』といった本でも仄めかされていたし、だいたいああいう本が売れるってことからも強く思うことなんですが、いまの時代、いかに「網羅的であろうとしないか」ということが、大事というか忘れてはいけないというか、自然とそうありたいというか、なのです。

 「網羅的であろう」とするのは、そもそも心の弱さの表れって気もしますし、いいかげん、そんなの無理だと理解しようよ、と自分に言いたい。つまり、良心的なケースと、そうでもないケースとがありますが、事大主義的なんです、網羅的であろうとするのは。

あんまり角が立つようなことをわざわざ言いたいってわけでもないんですが、たとえば「必読書」ってあるじゃないですか。あれは誰が「必読だ」と決めるんでしょうか。絶対全部読み切れない本がある中で。

一年間に、7万とか8万の本が新刊として出版される、みたいな話を聞きました。とんでもない数です。仮にその数が半分になったとしても、とんでもなさ加減は変わらないでしょう。

「読まなくても読む価値がない本くらい分かる」ええそうでしょう。そう言うくらい賢ければ。でも「見たことも聞いたこともない本でも読む価値がないことくらい分かる」のはエスパーではないか。

それは要するに「自分が見たことのある本の中で、読む価値がある本は分かる」ということでしかないような。

ここで「0.01秒で1冊が読める右脳のエスパー読書術」が存在する話になるのは分かりますが、脱線したくないのでカット。

網羅的に「必読書」が決まらないのなら、ランキングに頼るのがある程度正しい。でもたとえば「最低限のリテラシ」的な話をされる方は、ああいうランキングにそれほど高い敬意は払ってないことが多い。

「今の学生とは、まともに話ができない。なぜなら専門の学生でも、最低限読むべき・・・」という「教養度の高いランキング」の話が出てくることになる。

これは限定的なキュレーションみたいなことで、これを頼りにするってことは、結局それなりに事大主義的だという気がします。そしてこれに頼りたくなるときは、心の弱さを意識させられます。

これらを頭から無視するというのも変なので、ランキングも、限定的なキュレーターにも、結局あるていどは頼ります。頼りますが、かれらにしても誰らにしても、すべてを知っているわけではなく、それどころか、世の大半の書籍を無視したうえでの「書籍ランキング」を作っていることには留意して然るべきだろうと思うわけです。

(うんと斜に構えるなら、「最低限読むべき本」というのは、昔っからカビ臭いところに生息するのを好んできた、一部きわめて特異なホモ・サピエンスによるマニアックなランキングでしかないのかもしれません)

このような状況で「たまたま手にとられる」ということは、本を読む側にしても、本を読んでもらう側にしても、おそろしく重要なことなのです。

だから読了・読破はもちろんのこと、斜め読みだろうと、1ページしか読んでなかろうと、タイトルが頭にひっかかっただけだろうと、それらは「選び抜かれた希有の本」だと思うわけです。パーセンテージでいえば、ものすごく小さいのです。

たまたま手に取られるどころか、たまたま目に入っている本というのはすでに、希少な存在です。倉下さんとのきばトークでしゃべったように、あえて大型書店以外の場所で、ランキングにも載らないような本を手に取るような人のなら、なおさらです。

そういう本は、「読了していないから」という理由で日の目を見る機会を逸するべきではないのではないか。だから「たまたま目に入った」「意識にのぼったことがある」すべての本が、何らかの形で紹介されるのは、悪いことではないと思うわけです。