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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

目的とは「内在するもの」だと思う

「目標はパリ、目的はフランス軍」ってどういう意味ですか?

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

私はこういうのを読むたびに思うのだが、こういうのは言葉の使い方が少し変だから解らないのであって、変な言い方だが「わからない方が正しい」のだ。 

目標と目的を混同するべきではない、というように、自己啓発やビジネス書ではわかったようなことが書かれていたりするのだが、考えれば考えるほどよく解らなくなる。

目的はパリ、目標はフランス軍。目標はパリ、目的はフランス軍。これを十回ずつ交互に唱えたら、たいていの日本人は、よくわからなくなるのではないか。

たぶんそれぞれのドイツ語には、ちょっと違うニュアンスがあるに違いない。

主観的に、「目的」というのは行為に内在していて、成果のために意識化する必要があるもの、という感じがある。

たとえば、プロ野球のキャンプなどで「この特別なトレーニングの目的は長打力を伸ばすことでした」などとテレビのリポーターが喋っている。これを「この特別なトレーニングの目標は長打力を伸ばすことでした」といったら、おかしい。

「目的」は「トレーニング」に含まれている。「目標」は、行為に内在しない。だから、「このトレーニングの目的は長打力を鍛えることですが、来年の目標は、そうですね40本は打ちたいですね」と言ったりする。

これを「来年の目的は、40本打つこと」といったら、おかしい。「40本打つ」とか「ホームラン王になる」というのは、行為の「外」にある。だから「目標」なのだ。

目的というのはだいたい、行為を行えば普通は、その内部に含まれている。ある程度は、該当行為を行うことで自然と達成されるものだ。ただ、特に意識してやることによって、その目的達成行為を、より集中的に行うことは、できる。

しかし「目的」を達成したからといって、必ずしも「目標」に到達できるとは、限らない。長打力を鍛えたからといって、ホームラン王になれるとは限らない。目的は、行為に内在するのが自然だから、私がバッティングセンターに通っても、長打力は鍛えられるが、プロの世界でホームランは打てない。