佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

大人向け

心に疚しいところのある夫が皆そうであるように、妻の暮らしの便宜には大変気を使っていたので、自ら家を調べて、必要と思った箇所はすべて処置しておくよう手配した。

こういう表現を読むと、ちょっとした感動を覚える。正しい文章というのは、私にとっては実にこういう文章だ。

人間とは、善良な人間であれ、こういう存在だと思う。こういう「夫」のことを人格者の鏡のように書いたら変だろうけど、こういう「夫」をあしざまに書くような人は、何かを無視しているとしか思えない。

彼のセンスはしょせん独身男性のものであり、そのセンスによってしかものが考えられなかったのだ。モスクワに帰った彼は、妻に向かって誇らしげに、準備は万端、とってもすてきな家が出来上がるはずだと宣言し、ぜひ行っておいでと薦めたのだった。オブロンスキーにとって妻が田舎に行くのはあらゆる点で好ましかった。子供は健康になる、支出は減る、自分の身は自由になると、三拍子揃っていたのである。

結婚しているクセに、センスはしょせん独身男性のもので、彼の目から見た「万端」は穴だらけだというわけだし、そのうえ、妻が田舎に行くのは「あらゆる点で好まし」いなどとこざかしく考えることをやめられない。

子どもは健康になる、支出は減る、自分は自由の身になる。実にこの表現は簡潔である。

しかし繰り返すが、決して著者は、このオブロンスキーを「ろくでなし」のようには描写していない。友達思い出し、人といて常に他人の気分をよくするように手を尽くし、その手管で役所の長官におさまっている。

たぶん登場人物紹介には「ろくでなし」と書かれるだろう。しかし、どの描写も彼について「ろくでなしだ」とは書かれていない。むしろどちらかと言えば同情され、賞賛されて然るべき長所も多い。小説というのは、こういうものが望ましい。

娘のリリーが水浴びをするようになり、ドリーにも、まったく期待通りとはいかないし、平穏なとは言えないまでも、便利な田舎暮らしがようやくめぐってきたのであった。もっとも子供が六人もいては、平穏な暮らしなどありようはずもない。病気をしている子がいれば、病気になりそうな子もおり、何かがないと文句を言っている子があれば、不良っぽい口を利く子もいるというわけで、心配事にはきりがないのだった。ほんのまれに、ただつかの間、穏やかな時間がめぐってくるのみであった。だがそうした気ぜわしさや心配事は、ドリーにとっては唯一望みうる幸せだった。もしもそうした気がかりがなかったとしたら、彼女はひたすら、愛してくれない夫のことばかり考えていなければならなかっただろう。

オブロンスキーの妻のドリーのほうは、もう夫にさして期待をかけてない。 にもかかわらず「ひたすら、愛してくれない夫のことばかり考え」る毎日を送らないために、6人の子どもをキリなく心配しまくる方が、結局はマシだと仄めかされている。

病気をしている子がいれば、病気になりそうな子もおり、何かがないと文句を言っている子があれば、不良っぽい口を利く子もいるというわけで」イヤになってしまう方が、むしろいいというような描写である。

しかしこの妻ドリーも、主人公とは言いがたい存在であるが、これほど心理を正確に描写してもらって、しかも十二分に共感したくなる。夫オブロンスキーに同情しつつ、妻ドリーに共感したら、矛盾もはなはだしいし、「オブロンスキーは許しがたい」と思う読者も多いと思うが、私にはそうは読めない。

結局人間は、みんな善良なのだ。そして現実的に実務能力を発揮し、みんな有能だ。でも、全くおかしなことをやらかして、暴き立てられたら醜悪きわまりなく、無能でだらしない。

これを同時に説得的に描写してくれるから、小説だ。オブロンスキーが浮気性のろくでなしでしかないように描かれていたら、読者はひたすらドリーに感情移入することになる。そんな小説は、幼児向けだ。

 

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