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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

脳が覚えようとしないのは「失敗するやり方」であって、「失敗した経験」ではない

まとめていただいて恐縮なのですが、ちょっと補足させていただきます。

正しいとか間違っているというよりも、話のテーマが違うところまで伸びていってしまったので。

人間がなにかしらの技術を習得するときというのは、小脳が失敗を間引くことにより、成功体験だけがのこり、どんどん上達していくんだそうだ。自転車で何回もバランスを崩し、うまくバランスを取れた瞬間の経験だけが残り、最終的には、逆に転ぶ方がむずかしくなる

小脳が失敗を間引くことで人は技術を習得する - Togetterまとめ

 

 もちろんこの「小脳の話」1つとっても、実際にはこんなに単純ではなく、小脳以外の可塑性についても今は研究が進んでいますね。それは承知していますが、あくまでも入門の教科書レベルの知見についてここでは言及されています。

それにしても、脳の話はおくとして、技術習得における急速なレベルアップには、自分で驚くと思いませんか? 私は泳げるようになったり、タッチタイプできるようになったり、ドンキーコングでゴリラを墜落させたときの驚きは、未だに忘れられないのです。

脳は成功と失敗を区別しているということ。しかも、自分が意識できないくらい、深いレベルで。これってとても不思議なことのように思う

小脳が失敗を間引くことで人は技術を習得する - Togetterまとめ

まずここなのですが、もちろん不思議に思われるかもしれませんが、それほど不思議はないという気もします。私たちは、自分の行為が「成功した!」とか「失敗した!」と「感じる」と思いますが、それは「脳」がそうしているからでしょう。むしろ「脳」が「成功と失敗を区別」していなかったら、どうして成功したとか失敗したと感じられるでしょうか?

しかも、失敗は忘れてしまうというのだ。失敗した経験の方がよく覚えている気がするけど、実はそうではないらしい

小脳が失敗を間引くことで人は技術を習得する - Togetterまとめ

ここは、わかりにくかったかもしれません。

「失敗を忘れる」というのは「失敗の経験」を忘れるのではなく「失敗するやり方」を「記憶に残さない」のです。「失敗した経験の方がよく覚えている」というのは、そうかも知れません。それは感情が動くからです。

自転車に乗って転んで、痛い思いをした。という経験は、記憶に残るかもしれません。でも、「転び方・転ぶような乗り方」は記憶には残らない。「転ばない乗り方」のほうを記憶に残すわけです。ただ、「転ばない乗り方」を習得してもなお、転ぶということはあります。その「経験」は記憶に残りやすいかもしれません。

技能操作と経験は、別のことです。泳げるようになっても、海水の底が冷たくて、足をつって溺れそうになることはあるでしょう。そういう経験は、忘れません。でも、足の釣り方や、溺れる泳ぎ方は、マスターしないというか、マスターできないものです。

そうか。うまくいった経験というのは、身体的な経験値として記憶されるのかも。つまり自転車に乗れるくらい当たり前のことになってしまう。だから意識で思い出せない。失敗はまだ身体的ではないから、いつまでも記憶にとどまっているのだ。成功して、体に落とし込まれるまで。

小脳が失敗を間引くことで人は技術を習得する - Togetterまとめ

というわけですからこれは「技能習得」とは別の話となります。ここから先は、すべて「小脳的な技術習得」よりも先の方へいっています。

ただ、「うまくいった経験が身体的」なものかどうかは、きっと内容によりけりでしょう。意識で思い出せないのは、必ずしも「成功したから当たり前」だからではありません。地区大会で決勝本塁打を放ち、甲子園出場という大成功をおさめた選手は、そのことをおそらく忘れないと思いますが、それを忘れないのは感情が大きく動いたからで、身体化されたかどうかとはまた別の話です。

「失敗する乗り方」もまた「身体的」ですが、記憶にはとどまらないのです。そして「失敗する乗り方」もほとんど「意識」はできない。意識にのぼるのは「失敗して転んだこと」や「失敗して転びそうになってドキッとした」経験のほうです。

失敗であっても成功であっても、私たちはその大半を意識はできない。意識にのぼるのは、かなり限られたことであり、そうでないと困ります。