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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

「習慣化しましょう」では、なにも言っていない

やりたいことを習慣化するためにはどうすればいいか、というテーマについて語っていた時に、佐々木さんが「今日はこれだけ覚えて帰ってください」と言っていた言葉がありました。

同じことを繰り返すのではない。繰り返す同じことを見つけ出す

分かるようで分からない、モヤモヤする言葉です。

この言葉に至るまでに、「習慣とは技術のことである」という説明がありました。それを受けて僕の解釈は以下のとおりです。

習慣とは同じことを繰り返すことではない。繰り返す同じことを見つけ出して、継続させるようにする技術のことである

syakohon.com

言葉にするとどうしてもわかりにくいかもしれません。

でも習慣化とは技術習得なのです。

難しいことや、なかなかできないことがあるからといって、すぐ「習慣化しましょう」と言えばいいというものではなく、それで納得してしまうのもいけません。

技術とは、行為の手順を記憶すること。

私は娘を誕生からずっと見てきて、このことを思い知ったのです。

人間には、習慣として最初からできることなどなにもない。何一つない。

寝返り一つ、生まれつき自分でうてるわけではない。

寝返りとは、習得した技術なのです。

咀嚼も嚥下もなにもかもです。娘はいま6歳になりますが、それでもなお、基本的な行動のいくつかは、できはするけどたどたどしい。人が「かわいい」と感じるのはそういうところなんですけどね。

だからどんなことでも、およそ「習慣化」、つまり人が好む「無意識のうちにできる」というレベルに達するまでには、そうとうに「巧く」なっているはずなのです。

「巧い」ということは、ポイントはしっかり押さえられつつも、余分な力、余計な動きを加えていないということ。

その行為を為すならば、必ず、前回行ったように、くり返されるべきポイントだけは実行し、しかも他のことはしない。

すなわち「くり返されるべき同じこと」を見いだすということが、技術習得の目指す先にあるということになります。

しかしどんな行為でも、シートベルトをしめるといったことであっても、人は、それを最初にやるときには、「巧く」やれない。

車に乗れば無意識にしめられるようになった「シートベルトをしめる達人」(いまではたいていの人はそうですが)ならぬ「素人」だと、自意識を使う必要があるし、余分な力をかけている。だからやり忘れたり「面倒だ」と負担に思ったりもする。