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佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

いいことがなにもなくても、自分の正しさは守られなければならない

アガーフィヤ・ミハイロヴナにとってはじめての、水をまったく加えない方法で煮られているのだった。これはキティが実家で行われている新しいレシピを持ち込んだものだった。

これまでずっとジャムを煮るのをまかされてきたアガーフィヤは、リョーヴィン家で行われてきた方法が間違っているはずがないと思い込んでいたので、これはこうするしかないと断言しながら、やはりオランダイチゴやキイチゴに水を加えたのだったが、それを見咎められ、いまやこうして皆の目の前でジャムが煮られ、アガーフィヤも水なしでちゃんとジャムが煮えるということを納得させられる破目になったのである。

いかにもカッカとして情けなさそうな顔で髪をふり乱し、瘦せ腕を肘までまくりあげたアガーフィヤは、焜炉の上で平鍋をゆすりながら、暗い顔をしてキイチゴをじっと見つめ、どうかこいつが固まって、煮えずに失敗しますようにと、心から祈っていた

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人はたとえそれが自分にとって良くない結果につながるとしても、自説の「正しさ」に固執するという様を、子供の頃から数え切れないくらい見てきた。

我は、事実なんかより、ずっと大事だ、人間にとって。

そんなことは子供の頃から誰だって数え切れないくらい目の当たりにしてきたはずなのに、この単純きわまりない事実を承認したがらない人が大勢いるばかりか、中には本当にそうではないと信じている人さえいるというのが、とうてい信じがたい。

だから議論というのは、よほど気をつけてやらないと、生産的なものにはなり得ないと思うのだが、このやっかいな心理的問題をトルストイでさえ、このくらいの手間をかけないと、なかなか説明できない。

エミリ・ブロンテが『嵐が丘』の中で、ひどい嵐の晩だかに「うちのろくでもない主人とわたしとでは、ちゃんと死後の裁きで差をつけてくださいよ!」と神へ祈るセリフがあって抱腹絶倒だったが、これも自我への極端な固執に違いはないが、これだとやっぱりズレている。それにここまで非宗教的な祈りとなると、さすがにあまり現実では聞かない。

アガーフィヤのジャム作りが失敗するようにと祈る様こそ、いかにも現実にありそうだ。

ぼくのブログを読む人が時々「佐々木さんはあまりに皮肉屋すぎる」と苦言を呈されるのだが、僕なんかトルストイの半分も皮肉が効かせられない。どうしてトルストイの本などは、学生が「魂を高める」読み物だとかされているのに、僕のはダメなんだろう。