作家のライフハック

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

【心理学】行動科学と精神分析

フロイトとスキナー。

もはや「古典」といっていいと思うのですが、心理学史においてこの二人の名前はやっぱり水際立っていると思うのです。さすがにこの二人さえ知っていればいい、とは言えませんが。

この二人は、常識的には「これ以上ないほど意見が対立している」と見なしうると思いますが、そういう関係はしばしば「非常に共通点が多い」とも見なしうるわけです。

ワーグナーとブラームスのような関係といったら的を得ているのでしょうか?

気がつけばある行動パターンに陥っていて、そして困っている。

しばしば精神分析でも行動科学でも好適例として取り上げるのがそんな「強迫行動」です。

 

“隠れビッチ”やってました。

“隠れビッチ”やってました。

 

 

ちょっと気になった男性とちょっといい関係になるけれど、核心的なところまで決して至ることなく、関係を解消する。

男ってのはみんなバカだ。というわけですが、これを読んでいると私には、どうしてもマクベス夫人のことが連想されてしまうわけですね。

主体的に男をだましているならまだいいわけですが、というか良くはないのですが、「こうしないではいられない」だとすればそれは、「手を洗うのがやめられない」ようなもので、全然「胸のつかえが下りる」系の話ではないのです。

ギャンブルだろうとアルコールだろうと異性だろうと、「手を洗うのがやめられない」のはいったいなぜなのか?

行動科学なら「報酬により行動が学習されてしまったからだ」と答えるでしょう。

精神分析なら「対象関係に一種のゆがみがあって、ストレスに対して退行が起こる」というような話になると思います。

しかしそれは結局同じようなところに行き着くのでは?

幼児期の情緒関係を求めて人が「退行する」のは、そこに報酬を感じるからですよね?

それがくり返されると「学習行動」になってしまい、それをケースによっては「嗜癖」というのでは?

気がつけばやってる。そういう行動には、個性的な報酬パターンが存在するか、あるいは不快の回避が潜んでいるでしょう。そうであって不思議はないでしょう。他人にとっては意味はないようでも、高いところに行く前に必ず「100まで数える」からには、それによって高所恐怖症に対応できるという「経験」が先行し、先行をどこまでもさかのぼるなら、幼少期に行き着いても不思議はないのです。

夢の分析が役に立つのは、気がつけばそういう夢を見ている、ということが多いからです。私は、論理療法(認知行動療法の先駆け)の1つの弱みに、悪夢にはあまり効力を発揮しそうにないということがあると思います。これはいわゆる「目的論」にもあてはまります。悪夢を見るのには「目的がある」などと言われても、悪夢に悩む人には、ほとんど何の役にも立たない気がします。

気がつけば新しいタスク管理ツールを探していたり、エゴサーチしているからには、そこに報酬があるからこそで、報酬が報酬たるゆえんは、幼少期にさかのぼることができたりすることが多いのです。