佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

「明確な目標」はシングルプロジェクト。一般の人にはマルチプロジェクトがある

まお (@spring_mao) が「まお箱」という質問箱を用意されていて、その質問と答えがなんとなく面白く、なんとなく時間を費やしてしまっているのですが、そこにあった羽生結弦さんについての質問にちょっと考えさせられました。

と言っても、申し訳ないのですが、そのTweet自体のウェブクリップに失敗したので、正確に引用できません。

趣旨としては「自分はなんとなく生きてしまっているような気がする。羽生さんのように、人生の目標を明確にしてがんばりたい」というようなものでした。

「強烈な情熱の対象が欲しい」という欲求を、人間という種は持つことができるようです。すべての人類が、ではないのですが、私にすら覚えがあります。

非常にライフハック的に考えるならば、明確な目標を持つためには、時間のスパンを長く取ればいいのです。3ヶ月先の目標だと、まだまだ10やそこらのプロジェクトを意識できてしまいます。

しかし1年先なら、10は難しくなります。書籍企画2つ、連載5つ、それにブログのすべてが1年後どうなっているかを「ほぼ同時に意識する」のは難しいでしょう。

それが4年後ならどうでしょう? つまりオリンピックスパンですが、検討対象となるプロジェクトの数は、1つしかなくなるでしょう。書籍企画など、4年も続きません。連載の4年後も想像も付かない。

視点が近くに定まっていれば、視野に入るプロジェクトはマルチになるのです。遠くに定まっていれば、1つに絞られていきます。

おそらくですが、羽生さんのような人は視線の先が4年後だから、プロジェクトは1つになるのです。彼ですら、明日やることを考えてください、と言われれば、スケート以外のことを意識するはずなのです。

私はいわゆる「一般人」なので、プロジェクトが「1つ」であっては困ります。娘の学校のこと、税務処理のこと、書籍企画のこと、連載原稿のことなど、10前後のプロジェクトを「同時に」見据えているのです。こういう視線の先は、決して1つには絞り込めません。拡散します。

娘の学校と、税務書類の間には、何の関係もないのですから、プロジェクトの先が1つにまとまるはずがありません。

つまりこのマルチプロジェクトな生き方が、「なんとなく生きている」という感覚を生み出すのです。悠久の大宇宙に、ただ1度きりの意識と生命を授かった僥倖を活かし切るような生き方ができていないような、非宗教的で、世俗的な生き方に甘んじているといった感覚を。

 

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しかし多くの人間は中年になってくると、マルチプロジェクトの凡庸さを生きることが、実は容易ならざることで、少なくとも私などは、これを生ききることが、宇宙的僥倖にはほど遠くても、自分の能力に見合った使命的難題であると感じざるを得ないです。その生ぬるさを含めて。

意識は常にマルチプロジェクトにわずらわされつつ、タスクとしてはシングルタスクに集中するということひとつとっても簡単ではありません。

その難しさは4回転ジャンプの難しさとは似ても似つきませんが、経済的困難、健康問題、夫婦仲、娘の養育問題など、思春期にはまったく情熱を燃やすに値しないような対象に、足をすくわれて崖っぷちに立たされてしまうという、ややもするとうち捨てたくなるような面白くもない困難と、走力を上げて対峙しないとどうにもならないという現実が、意外に難しいから面白かったりもするのです。