佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

抗うつ薬がうつ病を作るわけではありません、が

 

nokiba.hatenablog.jp

 

昨日の記事の続きなのですが、結論は次の一節に集約されるのです。

 

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が導入されると、どの先進国においてもうつ病患者が右肩上がりに増えることを示した。そして現在日本で進行しているうつ病受診者の増加も、やはりSSRI導入の影響が大きいのではないかと説明した。このSSRI導入後急激にうつ病受診者が急増する社会現象を仮に「SSRI現象」と呼ぶことにする。

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)

 

これは驚きではないでしょうか。少なくとも私にはまったくしっくり来ませんでした。しかし著者の分析はとても説得力があって、この結論に対して当然予想される疑念に、次から次へと答えていきます。

そもそも、SSRIという「抗うつ剤」はうつ病が増えてきたからこそ、導入されたのではないのでしょうか?

しかしそうではないのです。

他の先進国の事例から計算すると、一九九九年の時点で、以後五~六年で日本のうつ病患者が倍増することは十分予測できていた、といっても過言ではない。

これはどういう事かというと、SSRIが導入された諸外国、特に先進国では、おしなべてうつ病患者が急増していたというデータに基づくわけです。したがって、日本でもSSRIが導入された「以後」には、うつ病患者が倍増することは当然予測できた、というロジックになります。

この要因によるうつ病患者の急増はグローバルなものであり、他の先進国においても認められた現象だった。

では、どうしてそんなSSRIが導入されたのでしょうか? SSRIが「うつ病を作りだす」のでしょうか?

著者の答えは非常にわかりやすいものです。

SSRIは「高価」なのです。高いのです。それが唯一の答えです。

実はSSRIが登場するまで、製薬会社にとって抗うつ薬市場はそれほど魅力あるものではなかった。抗うつ薬の薬価はかなり低く、うつ病通院患者数も現在ほど多くはなかった。そのため製薬会社は抗うつ薬の積極的なプロモーション活動を行っていなかった。しかし新薬の薬価が従来薬より数倍高くなれば状況は一変する。製薬会社にとって抗うつ薬市場は魅力的な市場となった。

つまり、SSRIを「売れば儲かる」という実に単純な事実があって、そうである以上、SSRIのマーケティングやキャンペーンには、潤沢な予算を投入することができるようになるわけです。 

とは言え、数倍も、時に10倍も高いものを、人々が買うでしょうか? もちろん薬の効果が良かったり、副作用が抑えられたりするのかもしれませんが、私たちは常識的に、同じようなものに2倍以上のお金を払うのは躊躇します。

 

医薬業界に詳しくない人は、薬価が突然数倍になると、値段が高過ぎてあまり売れなくなるのではと心配するかもしれない。しかし処方薬の場合そんな心配は無用である。  

一般商品のマーケットでは、製品の価格が数倍になれば、需要が落ちる。高価格の新商品が期待したほど売れないこともある。

しかし処方薬の場合は薬価が高い程売れる処方薬は健康保険制度や助成制度があるため自己負担が少ないし、人命にかかわるものなので、価格競争力はそれほど影響ない。

 

ここまできてようやく私たちには事態が見えてくるわけです。価格競争力がフリーに近い業界であれば、同じようなものについて、より高くなるほどいいと業界関係者は当然考えるでしょう。

じっさい、SSRIはその好例だというわけです。

SSRIの売り上げを伸ばすには、うつ病にかかったら病院に行くという意識社会に根付かせることが必要となる。

そして医療機関を受診してもらうには、何はともあれ、まず本人が病気に気づくことが必要なのである。

そのためには「病気の啓発活動」を行う必要がある。「病気の啓発活動」とは英語ではawareness campaignと呼ばれる。文字どおり病気に気づいてもらうためのキャンペーンである。

 

おそらくこれが現実に起きたことなのです。私たちはつい「気づく」ということを本人の意識において、主体的に起こる事象だと考えがちですが、マクロ的に見るとそれは違います。

現に、「病気の啓蒙活動」を行う医療業界の人たちは、予算次第では人々に「気づかせる」ことが十分可能であって、予算投入の見返りがあるなら、それを行わない理由はない。まったくないわけです。

つまりこの見方にたてば「気づく」というのはほとんど受動的な事態であるということになります。

もちろん、パワハラや、長時間労働など、巷で問題とされていることは、言うまでもなく問題です。それによって「自分がうつ病になった」と「気づく」人は主体的にそう気づくのであって、キャンペーンとはまったく無関係である、ということもありうることです。

しかしそれはあくまで「個人の側」から見た話。本書で問題にしているのは、社会全体、それどころか地球規模でうつ病が「急増した」という事象なのです。

私が本書において伝えたいのは、SSRIが導入されると急激にうつ病患者が増えるという社会現象であり、SSRIの危険性を問うことではない。

本書を読むうちにどうしても考えさせられるのは、「社会現象」と「自分の問題」を知らぬうちにゴチャゴチャに混ぜてしまって、「原因」に利用可能性ヒューリスティクスを適用しがちだという、ダニエル・カーネマンの適切な指摘です。

少年犯罪は全体としては減っていても、少年犯罪の報道がひんぱんに為されると、世論としては少年犯罪に厳罰化したくなるように、非正規雇用という労働問題をひんぱんにくわしく耳にしていると、労働者に問題が起きたときの原因はそれにあると考えやすくなってしまう。

SSRIが導入されたことやその薬価など、なかなかニュースにならないし、人はあまり興味を持たないので、くわしく何度も報道されたりしないのです。

一般向けのうつ病の書籍には、うつ病患者増加の理由について次のように説明していることが多い。

「バブル崩壊後の日本経済の停滞、終身雇用の終焉により社会不安が増大した。またグローバル競争の激化、ITの導入、非正規雇用の増加により労働者のストレスが増加した。こういった日本社会の変化を背景として、近年うつ病が増加している」

 「自分がうつ病になった原因」であれば、たしかにこれが正しいのかもしれません。

経済が停滞していて、正規の会社員になれず、ストレスが増大しているせいで、自分がうつ病になった、ということであれば、そうであって不思議はありません。その問題は問題のまま残っています。

しかし「うつ病が急増した原因」はこれとは違うところにまたある。それは「自分以外」の人々がうつ病になった(気づいた)要因であって、自分の問題とは異なるとしても、不思議ではないはずです。

本書を最後まで読むと、少なくとも「個人として」は、自分が「うつ」なのかそれともほかの不調であるか、「個人として」真剣に考え抜く必要性を感じざるを得なくなります。

医療業界の関係者は誰1人として、「ウツでもない人にムリヤリSSRIを呑ませたい」と思ってなど、いないでしょう。

しかし、「現象」としてみるかぎり、そういう要請があってもべつに不思議ではないのです。

マクロの視点から現状を見れば、こういった対策(十分な休養とSSRIなどの投薬療法)だけでは不十分であると気づかざるをえない。

抗うつ薬は日本社会に急速に普及しつつあるが、うつ病患者やそれに伴うメンタル休職者が年々増え続けている。

よほど楽観的な人でなければ、うつ病問題が解決に向かいつつあるとは思わないだろう

個人個人には、劣悪な労働条件といったストレスフルな問題がある。

社会の側には、抗うつ薬を普及させよう・させたいという、業界的な活況がある。じっさい多くの人々が、SSRIを服用するようになっている。

しかし(いずれにせよ)問題は解決に向かってない。

イマココに私たちはいるというのです。

 

 ※引用ないカッコや太字は全て佐々木による。この記事の引用文は全て以下の書籍より。

 

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)