佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

「青い鳥は家に居た」というだけではない「青い鳥」の話

母からこの話についての「不満」を聞かされて読んでみて以来、ずっと「そういう話じゃないんじゃないか」的な違和感が強かったのがこの物語です。

母は、どうも実家があまり好きでなかったらしく「幸せは自宅や身近にこそある」という「教訓」が大変お気に召さなかったようです。

たしかに「青い鳥」といえば、あちこち探すことはない。結局青い鳥は我が家にあるのだという教訓を伝えるお話ということになっています。

でも実際に読んでみると、そういう意味にはどうも読めない。あえて言うなら「幸せは我が家にこそある」のではなく「幸せは我が家にもある」でしょうか。このニュアンスは大きく違うと思うのですが。

こういう類のファンタジーは、非常にレア、というものではありません。名作ですが、同じようなことを伝えんとしている作品は、実に多いものです。

冒頭から物語では、メッセージをハッキリさせています。

【チルチル】 ……ホラ! あの子たちの家、ほんとにきれいだな!

【仙女】 べつに、お前の家よりきれいじゃあないよ。

【チルチル】 ヘエそうかな! ぼくんち、ずっと暗いし、ずっと小さいし、お菓子もないんだぜ。

【仙女】 まったく同じことさ。つまりね、お前にはそれがよく見えないっていうことなんだよ。

かの有名なチルチルですが、チルチルの家は貧乏ですが、それがきれいに見えないのは、きれいであることがよく見えないからと言われている。これがメーテルリンクのメッセージで、物語中ずっとそのメッセージでいっぱいです。

チルチルはミチルと旅に出かけて戻ってくると、「それがよく見えるように」なっています。

そういう目を通してみると、ただの鳥が青い鳥に見えるようになっている。これは「青い鳥は家に居る」というメッセージとは違うと思うのです。

【チルチル】 〔自分のまわりを、ながいあいだ見つめてから〕パパにママ。この家をどうかしたの? 同じ家だけれど、ずっときれいになってるね。

 ところで、いかにも夢のないことを書くようで恐縮ですが、若い頃にはこの話は「いい話だ」としか思いませんでした。

しかし、今にしてみると、チルチルのように「ものの真の姿を見るようになる」のは、はたしていいことなんだろうか?という思いがよぎります。

これがメーテルリンクの考える「詩人の目」であることは分かります。メーテルリンクは詩人ですから、こうでなければいけない。こうでなければ人間は不幸だ、と考えるのも分かります。

けれども私は心理学の教科書のようなものも読まされてきていて、これって、躁病の観点なんじゃないか……という気がしてくるのです。

「世界の真の姿」をとらえて幸せであるということは、人間の「普通の健康の状態」を犠牲にしなければいけないのでは?という気がしてくるのです。

物語の冒頭で、先ほどの「仙女」がこんなことを言うのを読むにつけ、その思いはますます強くなります。

まったくおかしなもんだね、人間なんて……妖精たちが死んでから、人間どもにはもうなんにも見えないし、そればかりかそれがおかしいとも思わないときてるんだから

 

青い鳥

青い鳥