佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

世の中にはどうにもできない不公平がある

なぜほかの人たちには、たとえばベッツィさんには(彼女はベッツィがひそかにトゥシケーヴィチと関係しているのを知っていた)なんでも簡単にいくのに、自分はこんなにつらいのだろう?

 

  

アンナ・カレーニナ 1 (光文社古典新訳文庫)

アンナ・カレーニナ 1 (光文社古典新訳文庫)

 

 

こういうことって、よくありますよね?

私はこのアンナの独白が、なんとなくこの長い長い物語の中でもとりわけ印象深く残っています。

なんてことはない台詞ではあるし、必ずしも物語中重要な意味もないのですが。

トルストイは内面を描くのも完璧で、本当に天才的だと思わせられますが、このようなありきたりな、しかしなかなか高度な嫉妬心を実に的確に捉えて見せてくれます。

確かにアンナ・カレーニナは実に自分の不倫で苦しみます。彼女は「完璧な女性」であるだけに、なにもかもがうまくいかないのです。

不自由を完璧に享受し、それに甘んじて「演じている」限りは完璧なのですが。

「ベッツィさん」は、まあ読者に知らされる断片的な情報によれば、完璧にはほど遠く、ご亭主は冗談みたいな人です。だからこそ「社交界ではほぼ公然の不倫関係」を、みんながまるで祝福せんばかり、とまでいくと小説的すぎますが、まあなんとなく周りも公認している風なのです。

そこでアンナは思うわけです。なんとなく自由奔放に生きて、それで通してしまえる「ベッツィさん」がいる一方で、なぜ自分はあちこちにぶつかりまくってこんなにつらい気持ちでいるのか、と。

じっさい不倫というようなものはまさにこの種の不公平というか、深刻さの「深度」に格差があるように見えます。

「本当に馬鹿馬鹿しい」といったレベルから惨殺というレベルまで。

「ベッツィさん」のケースは本当にライトで、ライトすぎるからドラマにもなりませんが、アンナ・カレーニナの苦しみは、こんなに驚嘆すべき小説になっているわけです。

私たちも、不倫はしないにせよ、ちょっとした自由を通すのにもえらく苦しむ人がいますでしょう。一方で、自由奔放に生きて、それで通してしまえる風の人もいます。

それは事実であり、どうしてこんなに不公平なんだろう?と思うことはあるはずです。「ベッツィさん」はいいよね。