佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

仕事のやりがいを感じられないとき

私の場合はたまたまコンプレックスがお仕事になったけど、そうならない人もいますよね……。

ただ、仕事って、特別やりたいことがない限りは『お給料の代わりの何か』を淡々と差し出していくものなのかなと思っていて。

もし仕事にやりがいが持てないとしても、それでいいと思うんですよ。

なぜかというと、意味があることをするためだけに人間は生きてるわけじゃない、『生きてるだけで意味がある』と思うから。

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 「仕事って、特別やりたいことがない限りは『お給料の代わりの何か』を淡々と差し出していくもの」というのは、どっかで時々耳にします。

意味があることをするためだけに人間は生きてるわけじゃないというのは確かにそうだと思いますし、したがって「仕事って、『お給料の代わりの何か』を淡々と差し出していくもの」という論理はロジカルだと思うのですが、これは実は「淡々と」ではすまなくなっている話も入ってきて、むずかしいなと思うわけです。

最初は、そういう割り切りでスタートする人は、多いようなのです。お金をいただく代わりに、淡々と何か、時間なり成果物なりを交換する、と。

しかしこれがけっこう淡々としていてラク・・・ではなくて、とてもつらいと。淡々とやれないと。淡々とやれる状況ではなくなるとか。

たぶん仕事の時間というのは、よほど高給でない限りかなり長いので、「意味があることをするためだけに人間は生きてるわけじゃない」としても、「これは無意味だ。まったく無意味だ。でもお金のためだから淡々と淡々と淡々タンタンタン」とやるには、あまりに時間が長すぎるんではないかと思います。

だから時短、という話にもなるんですよね。

でも時短もむずかしいし、そんなに短くもできない。

となるとけっきょく、「もし仕事にやりがいが持てないとしても、それでいい」でいける場合はいいのですが、けっこう苦しむ人もあるかと思うのです。そういう場合には、無理でも何でも「やりがい」が必要になってくるのではないだろうか。無理矢理なやりがいってすでになんだろう、ですが。

仕事のやりがいを実感するには、どうしても、その仕事をしてもらっている人の気持ちに感情移入できないとむずかしい気がします。

たとえばお相撲さんの仕事なんかは、不要な人にはまったく不要でしょうが、一日中お相撲見てないとだめってくらいな人は、けっこういるのです。場所がないときは巡業へ行ったりして、稽古も見に行くとか。

そうまでして見たい人の気持ちが寸分なりとも理解できれば、相撲取ってて「やりがいない」とは感じられない気がします。

シベリアとかに住んでない限り、真冬の寒さの感じ方には文字通りかなり「温度差」があります。

寒くて寒くて何かにつけて寒がる人って一定数いるもので、そういう人の防寒具や温熱器具への愛情やこだわりは、なかなか目を見張るものがあります。

ファンヒーターとか作っている人からすると、そういう人の目線を知っているか知らないかっていうことは、「やりがい」にけっこう影響を与えるんではないだろうか。

たまに、お手紙とかを頂くんですよ。

女性に対してコンプレックスを持っていて、風俗も怖くて行けなくて、でもAVは観れる……って方から、『家でまこりんのAVを観てすごく好きになりました』みたいな感想を頂くことがあって。

私にとって、AV女優になって正解だったなと思う一番の瞬間はその時なんです。

そういう言葉をもらうたびに、『私は、直接よりも画面越しにコミュニケーションを取る方が安心する人の味方でいたいなぁ』と思うし、続けていきたいと思うんです。

 

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Photo by LuAnn Hunt on Unsplash