佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

何が何に影響するかわかったものではない

この日のポッドキャストは妙に盛り上がったわけですが、話の中身は決して分かりやすくはなかった気がします。

「空想の解像度」と私が繰り返し言っていることが出てきますが、私たちはほとんどいつもいつも、一瞬のちのことから、1ヶ月くらい先のことまで、空想しています。

空想というのは、現実ではないからです。予想の精度をいくら高めても「シミュレーション」というのは空想の域を決してでないものです。

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人は未来を知りません。だからこういう事件は私たちを震撼させるのです。私は何も常に悲惨さを警戒して生きるべきだと思っているわけではありません。同じくらい驚くべき良いニュースが一秒後に舞い込むかもしれないのです。

でも私は平気で、「これからはてなブログを書く」などと空想して生きているのです。

タスクシュートは、その解像度を高めます。空想の解像度を高めてなんになるのかと思われるかもしれませんが、その空想どおりのことが起きたときには、実行できる確率と精度が高くなっているのです。

確率の問題です。

なぜ朝食にミニトマトを出すとか、爪を切るとか、ヒゲを剃るとか、テニスに行くとか、トイレに行くとか、そんなことの精度まで高めなければいけないのかと思われるかもしれません。

でもそれらは簡単にできることなのでしょうか?

私にはそういう風に思えないのです。

私はけっこう多くのことについて、よくよく考えてみると、薄氷を踏むようにしてやっていると思うことがあります。

ねむがる娘をやっと起こして、朝ごはんをたべさせます。もちろんミニトマトも。

でもグズグズしてなかなか食べません。我知らずキツい声を飛ばしてしまうこともあります。

私は空想を続けています。適温のお湯を用意して、妻も起こして、妻にお湯を飲んでもらって、髪をとかしてもらって、学校に送って、それから自分の朝ごはんをたべて、9時には日次レビューをして、それから・・・

それから原稿を書くのですが、このプロセスの中で原稿だけを取り出してみて、うまく書けるものでしょうか? 何もかもがつながっている。どれをよりうまくやり、どれをやらなくても、昨日のように原稿が書けるか、未来は誰も知らないというのに。

そこまでのプロセスは毎日のこととは言え、収益をうむものでもないとは言え、非常に事細かであり、全自動プロセスと言うには遠いものです。

しかし見通しとしてはうまくいきそうですが。

娘がいきなり言います。お腹が痛くて吐きそう・・・

私はいきなり目が覚めます。今まで空想の中で生きていたのです。これが現実というものです。朝起きてみたら巨大な虫になっていたりする。そこまでのことはまだないですが。

さっきキツい声をつい飛ばしたことには罪悪感が沸き上がります。

とにかくミニトマトを食べさせて所定の時間に送り出すなど、容易なことではないわけです。

しょせん空想は空想ですが、空想の解像度を上げておくことにより、より多くの日に原稿を書くところまで持っていけるもので、私にそれをいちばんもたらしたものは圧倒的にタスクシュートだった、という話でした。

とつぜん震度6弱の地震が来たりすれば、原稿なんかかけっこありませんが、妻と喧嘩して、娘が腹痛で寝込んだりしたら、震度0すら来なくても原稿なんか書けなくなるのです。

何が影響するか分からない。「大切でないこと」はタスクや記録から外していいということは言えても、どれが大切でないか分からないのです。

 

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