佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟の公式ブログです。なるべくならお役立ち情報を出していきたいと思っています。

メディアの力

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この映画を見て、不快な無力感というものをすっかり思い出させられました。

私はちょうど911のテロが起こる直前に渡米し、イラク戦争が「終結」するまでアメリカにいました。

これはまったくたまたまなのですが、あの頃のアメリカのまっただ中にいたのです。といってもニューヨークやロスにいたわけではなく、アメリカの文字通りど真ん中のミズーリ州カンザスシティ(まあ田舎です)にいたのですが。

テロが起きたときは、何しろ英語が全然まったくわからなかったので、なにが起きたかも理解できませんでした。しかしその頃からとにかく真っ青な空に何百本もの星条旗という壮麗でないわけではない風景を、不思議な気持ちで眺めていました。

ハーケンクロイツだってやっぱりこんなふうに見えていたころはあったのだろうなとは、よぎりましたが。

その後テレビでひっきりなしにひたすらミサイルが飛んでいき、「アフガニスタン」という単語だけは聞き取れたので、理由はよくわからないがテロが起きたので、アフガンを攻撃しているんだろう、ということは理解できました。B29の映像だってああだったのに、あの下にいたんじゃたまったものじゃない、くらいには思ったものです。

そしてその後しばらく立つと、どういうわけか「イラクと戦争」という雰囲気に変わっていきました。これにはまったく理解に苦しむものがありました。(おおむね好意的に)「あなたは日本人だから」と言われるのですが「なぜイラクと戦争しなければならないのか?」をアメリカ人は誰も教えてくれないように思えたのです。もっといえば知らないような。

「私たちは心配しているのよ」という言葉をよく聞きました。「もしフセインが核を持って、911以上のテロをやろうとしたらとか」。私の稚拙な英語力と、私のいかにも平和そうな雰囲気から、物わかりの悪い子供に教えるような感じで、そんなふうに言われたものでした。

しかし私の疑問はいっそう素朴になります。「けどノースコリアとか、イランとか、心配ないにしてもパキスタンとかロシアとかイスラエルとか・・・」(このレベルならなんとか伝えられる英語になっていましたが、そこまでに3年かかってました)。

「もちろんノースコリアは心配ね」とはいうものの、イラクの半分も心配している気配の人はないのです。イラクが核実験を行ったというニュースはまったく入ってきてないというのに。

そのうちに「核」が「大量破壊兵器」という言葉に変わりました。これはもう本当にすごくて、連日連夜、あらゆるニュース、ワイドショーらしき番組で、ずーーーーーーっとディスカッションしているのです。もちろん私たち留学生も大学でさせられました。

私と台湾人と中国人と韓国人が、「イラクに大量破壊兵器はあるかないか、フセインにそれを捨てさせる方法は?」なんて議論してたって、四つ葉のクローバーには恋愛を成就させる力あるかないかを議論してるようなものです。

けれどよく「空気」と呼ばれている世論のようなものは、日に日に変わっていきました。「何でも口にする自由」のようなもの自体はあったのです。公然と戦争反対ですぐ議論をおっぱじめる人もけっこういました。

しかし、それ自体はいいことなのですが、意見を言う自由があっても、反戦デモをやれる自由があっても(交差点などでは頻繁にデモがあり、それを野次る人たちも大量に見ました)そういうことはあったとしても、戦争になるにちがいないという感じはずっとあったものです。

この話はまた折を見て続けたいと思いますが、問題は「日本人的」であるとか「同調圧力に屈する」ことばかりではないように思います。あのいかにも素朴に無理のある印象だった「イラクに大量破壊兵器がある論」を、ものすごく大勢の人が信じようとしていた状況では、「だまされないように意見する」ことで誰にせよ相手を立腹させてしまう。

で、一度腹を立ててしまうと、ますますかたくなになってしまうという事態を、なかなかどうにもできにくくなるのです。

そしてそれを形成していたのは、確かにメディアの力というものでした。