佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

なぜデイリーリストが基本であるべきなのか

思いもよらないところから、ずっと探しているものが見つかるというのはよくある話です。

だから、畑違いの本を読むのは大事というのはありきたりですが、正しいのでしょう。

タスクシュートで「今日のリスト」を私は何より圧倒的に重視しているのです。しかしそのわけをどうやって説明したらいいのか。

その大きなヒントをなんと自閉症の研究書のようなところから見つけたわけです。しかもかなりユニークな本です。思わずタスクシュートのために全部を引用したくなるほどです。

そこで「一日」ということについて考えてみる。「一日」があっという間にすぎた。「一日」何をしていたのかわからない。「一日中」この子はなにもしなかった・・・といったようにみられてしまう一日とは一体何であるのか?

 

理解のおくれの本質―子ども論と宇宙論の間で (1983年)

理解のおくれの本質―子ども論と宇宙論の間で (1983年)

 

 

今ではあんまり読まれていないこの本は「子供論」なので、「一日中この子はなにもしなかった」(重度の障害を持っている)が何より重要であるのは間違いありません。

が、私たちについてもまったくこれは当てはまるのです。現に私はこれがあるから、タスクシュートで「一日」「一日」を村瀬さんの言葉で言えば「実践」しているのです。

生理現象といっても、気分の整え方の仕方ひとつで、その日その日の状態がみな違ってくる。そして私たちはたいがいはその生理の変わりの開始と終了を「一日」の中にみているのである。

つまり「一日」というのは、私たちが自らの生を支えるための一回ずつの土台になっている。私たちは自らの生理の健康を、一週間まとめてとか、一ヶ月まとめて調達するわけにはいかないのである。

(太字は佐々木) 

こういうことが、時間術やタスク管理の本には、なぜか書かれていないのです。なぜか。まさに私は生理の変わりの開始「時刻」と終了「時刻」を記録することによって、それらがどんなふうに流れ・変転しているのかをなんとかとらえようとしているわけです。

村瀬さんはこのことを簡易な図にして表現されていますが、まさに私がタスクシュートで毎日意識しているイメージとこれは完全に一致します。

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こうして一日一日に分けてしか実現されないものを、私はここで「実践」と呼んでおくことにする。「実践」とは、まさにそうしなくては生きていけない状態のことをさすものとする。

この「実践」と対極にある状態を、私はここでは「理解」と呼んでおくことにする。

理解というのはそれをあとにのばしても生きることにはさしつかえないものであるが、呼吸や取食や睡眠はそのつど実践しなければ意味がなくなるものである。

(太字は佐々木による)

 そうですまったくそうなのです。タスクシュートで、もしあるタスクを「先延ばし」にしたとすれば、それは「実践されなくても生きていくのに差し支えはない」と告白しているようなものです。

だからタスクシュートではどうしても、それができない状態が続くと命に関わるようなことだけは、必ず最初に記録して抑えておくべきだと考えるのです。それさえすれば生きてはいける。

そんなものを記録しても仕方がないという発想は、土台を真っ先に切り捨てても差し支えないという価値観で、その価値観は転倒気味です。