佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

焦りに焦っているときに聞こえる声

患者さんと接しはじめた頃、私がふしぎでならなかったのは、幻覚や妄想の内容 でした。

統合失調症の人には幻覚のうちでも幻聴がとても多いのですが、それはほとんどが自分を非難する声や責める声、脅かす声、自分を苦しめる声なのです。

 

 

「こころ」の本質とは何か (ちくま新書)

「こころ」の本質とは何か (ちくま新書)

 

 私はこの本はもっと読まれるべきだと、最近よく思います。

こういう本を多くの人が「一般教養」のようにしておいてくださっていたら、ゲーム脳とか「危険な子供」といった適当かつイメージ先行の言説に、惑わされる人は減っていくと思うのです。

冒頭の引用は、脳内から他の人には聞こえない声が聞こえてしまう症例について述べられています。

それはそれとして、なぜその「声」は自分を非難する声であるか。もっと都合良く、自分を褒め称える声にならないのはなぜなのか。

私もそんなことを思ったのですが、それが「地続き」を無視した発想というものなのです。「正気」と「狂気」というのはちゃんとつながっている。どこからどこまでが、と簡単に線引きできるようなものではないのです。

私たちは誰でも焦りに焦っているときというのがあります。たとえばもう過去のことですが、中間テスト前夜などに、大いに焦っているときがありました。

うちの親はそういうとき妙に非協力的でした。あとになっていろいろ人の成績に難癖をつけるのだから、テスト前くらいもっと協力しろよ!と思ったりするわけです。

これが「被害妄想」であることはすぐわかるでしょう。私は焦っていたから親の態度が「非協力的」ややもすれば「妨害的」と感じられたわけです。

つまり、「声」が非難がましいのは、声を聞く人にいらだちや焦りがあるからです。いらだちや焦りがきわめて極端なレベルに達したときにはたとえ声なんかなくても「病気」になっていきます。声が苛立ちを生むわけではない。逆に苛立ちが声を生んでいる。だから声の内容はネガティブになるに決まっているわけです。

あくまでもたとえですが、自分の将来や人生について、ものすごく希望に燃えている女性がいるとします。未来は大いに開けている。間違いなく自分は一角の人物になれる。これは誇大妄想でも何でもない!

そういう超優秀な人物が、運悪く事故に遭ってしまった! そんなことがあっていいものだろうか? この事故はもしかして自分に誰かが悪意を持っていて・・・そういえば・・・。

こんな時、この女性が「自分に都合のいい賞賛する声」を幻聴であっても聞くはずはないでしょう。思考は、たとえ乱れていても乱れているなりに合理的に働くわけです。

一般の人の思考は、心理状態に余裕があれば、もっとしっかりと働きはします。でも、正気であればあるなりに、乱れているところもあるでしょう。