佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のライフハックを中心とした生活ブログです

より大きな不安を回避するため、私たちは小さな不安を選択し続けてしまう

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前回の記事を受けてのTweetですね。

私たちは常習的にすることに、何かしらのメリットがあるからそうしていると言えます。喫煙だろうと飲酒だろうと、体に悪いことを知ってはいてもやめられないのは、それらがおいしいとか気持ちよくなるとか「報酬を感じているから繰り返す」わけですね。

不安に報酬があるというのは不思議と言えば不思議ですが、不安にならなければ対策をまったく打てず、対策を打てないことはいっそう不安であることから、より巨大な不安にならずにすむためによりマイルドな不安を選択しているというわけです。

しかしながら倉園佳三さんが繰り返し「グッドバイブス」で「不安を手放せ」と言っている背景には、いくら不安になったところで、有効な対策を私たちに打てるはずがないからです。

そのことを徹底的に理解することが、とりもなおさず「グッドバイブス」、つまりご機嫌に生きるためには欠かせないと指摘されているわけです。

「望ましくない未来について考えておくほうが安全だ!」

という大義や理を与えないことです。

そのような言い分は、次のことを根拠にきっぱりと却下するようにします。

・望ましくない未来を妄想しても、問題はひとつも解決しない。

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 基本的にはこの通りだと私は思います。しかしここでやりとりが平行線におちいりやすいのです。お互いに議論する気はまったくないにもかかわらず、どれほど理屈で理解しようとしてもそれを妨げるものは存在し続けるからです。

望む限り、同じやりとりをいつまでも私たちはしなければなりません。それは実は人と人との議論ではなく、まさに私たちの心の中で同じ議論がいつまでも続いているのです。

脳内に不安が発生し、それを理屈で鎮め、しかしまた不安が発生し、きりがないのです。

ただ私はもともと倉園さんの考え方を、タスクシュートを通じて知ってはいたのです。この点は、おそらくほとんどの人に了解されていないことです。なぜならタスクシュートは、どことなく「不安発のタスクリスト」らしく見えるからでしょう。

「タスクシュートを通じて知っていた」というのは、タスクリスト上の、現在時点より先の、つまり未来のリストに並べてあったとおりに、現実が運んだためしがないのです。

それどころか、しょっちゅう予測できない割り込みや、ハプニングが起こります。タスクリストは未来予測ではありません。天気予報という単純な予測ですら完璧ではなく、雨も降らないのに「傘を持つ」というタスクを実行するのは余計なことです。

こんなレベルでも常につまずき続けているのに、あらゆることを完璧に予測し、対策としてのタスクを完遂するなど原理的に不可能。つまり「いくら不安になったところで、有効な対策を私たちに打てるはずがない」のです。

このことは、よくよく考えてみるといい加減理解してもいいころだったのです。なぜなら、たとえばときどき言われるように、未来のことを51%の確率で正しく予測できるなら、株などで大もうけすることもできるだろうし、そうすればタスクシュートなどする必要すらないからです。(使い切れないほど大金を手にしたら、家事もライフハックなども全部バイトを雇ってやってもらえばいいわけです)。

未来のことを予測することが絶対確実に無駄なことであるならば、不安になるのはまして無駄なことです。外している予測についておびえることによって、得られるものは何もないのです。

こうなると私に必要なのは、現セクション(今なら11-13)におけるタスクであり、後はログだけなのです。過去のことは事実なので記録しておいても悪くはないでしょうが、先のことについて考えておく意味は、それが先のことであればあるほど、ほぼ無意味です。

そんなことはないはずだと思われるのは、確率の問題でしかないことについて、過大評価しています。私はたとえば毎日のように書籍原稿を確実にあげ、それを先送りしないことを評価されますが、しばしばその原稿を書籍化してくれるはずの出版社さんが約束を反故にされたり、印税の支払いを履行されないことが実際ありました。

その場合、書籍原稿を書いたことは、少なくとも短期スパンにおける経済的には完璧な損失でしかなかったわけです。(やってはならないことだったという意味です)。これが「毎日決まった時間にタスクを確実にやっておき、締め切りをきちんと守ることで未来の危機(この場合は経済的危機)を防げる」と思い込んだ私の愚劣さの結末です。

現実がどのようで「あるべきだ」とどんなに強く思って、そのことから強い不安を抱き、そのことをモチベーションにタスクを確実に実行したとしても、不安になった現実を予防できたわけではなかったのです。つまり想定した現実そのものが私の思ったとおりになる合理的根拠はゼロなのです。

不安になることは無駄なのです。