佐々木正悟のライフハック心理学

ビジネス書作家・佐々木正悟の公式ブログです。なるべくならお役立ち情報を出していきたいと思っています。

「ただしイケメンに限る」とは限らない

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www.yamama48.com

こちらのセミナーに参加してきました。運営側ではなく単なる一参加者です。やままさん、ぐわぐわ団さん、お疲れ様でした!

懇親会でひどく「婚活話」が盛り上がりました。マッチングアプリにおいては「ただしイケメンに限る」という「法則」があるというお話に花が咲きました。

私たちはこういう「法則」を作り出しては、自分を追い込んでいきます。入り口はほんの些細なことなのですが、気がつくと袋小路。こういうところからはさっさと抜け出し、まず出口を見つけ出す必要があると思うのです。

やっぱり「グッドバイブス」はいろいろなところに新しい名称を与えてくれたのが大きな功績です。ここでもそれを借りてしまいましょう。「意味づけ」です。

「ただしイケメンに限る」は意味づけです。これは言うまでもないでしょう。意味づけの定義には何度でも立ち返るだけの価値があります。

「本当はそうでない可能性があるにもかかわらず、そうであると自分で勝手に結論づけること」

相手の悩みの中から「意味づけ」を探す練習 | グッドバイブス ご機嫌な仕事

 忘れてはならないのは「ただしイケメンに限る」可能性がゼロではないということです。ただ100%ではない。

「ただしイケメンに限る」わけではないかもしれない。それだけです。ここに可能性が発生するのです。これが一切です。

「ただしイケメンに限る」 → 自分はイケメンではない(これも意味づけだと思いますが) → だから選ばれない

これが袋小路です。が、「意味づけ」を手放すことができれば、次のようになります。

「ただしイケメンに限る」わけではないかもしれない  →  自分はイケメンではない(これも意味づけだと思いますが) としても → だからといって選ばれないとは限らない

となるわけです。

最初の方は希望がなかったのですが、後の方は希望があります。

数式のようにしてみますと

選ばれる可能性0% < 選ばれる可能性は0%ではない

これは、あえて極端に示すなら

0% < 0.1%

ということに過ぎないかもしれません。でもこの不等式は間違ってはないはずです。完全に正しいはずです。

そしてこの不等式が、つまり「<」という向きになったことが「うれしい!」と思えることがとても大事だと思うのです。

「意味づけ」を手放さないということは、「0%」であることに固執するということです。なんのために?

0%ではなく0.1%(かもしれない)と思ったところで、それは気休めに過ぎないかもしれません。しかし、昨日やままさんがセミナーで繰り返しおっしゃっていたことは、単純な事実として本当です。

今日の記事はクソつまらない、と我ながら思う。日本語もへんてこりん。それでもUPしちゃいます。

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「ゼロに何をかけてもゼロでしかないけれど、1にかけ算すればそれだけ増えていく」ということです。可能性が「ゼロ」であるなら、試行回数をどれだけ増やすのも意味はないでしょうが、そうではないかもしれないのです。

これとまったく同じことが、ライフハック界隈では広く読まれている『仕事は楽しいかね?』でも繰り返しいわれています。

頭にたたき込んでおいてほしい。何度となく“表”を出すコインの投げ手は、何度となく投げているのだということを。そして、チャンスの数が十分にあれば、チャンスはきみの友人になるのだということを。

仕事は楽しいかね? (きこ書房)

仕事は楽しいかね? (きこ書房)

 

私がこの記事で強調したいことは、タイトルの通りです。やり方とかプロフとか工夫とかについて何かがいいたいのではありません。

チャンスをつかむべく「たくさんコインを投げろ」と言いたいのですら、ありません。(とは言え十分な試行回数に達する前の段階にある人は、多いと思います)。

この記事で言いたいのは、私たちは「意味づけ」に固執するのを止めたほうがいいということ。それだけです。

「本当はそうでない可能性があるにもかかわらず、そうであると自分で勝手に結論づけること」は、止めたほうがいいのです。

「ただしイケメンに限る」のかもしれません。そうではないのかもしれません。私には本当のところはわかりません。

問題なのはこの意味づけの裏に潜む心理です。意味づけするときはいつもそうですが、不安や恐れゆえに意味づけの後ろに逃げ込んでしまうのです。

「ただしイケメンに限る」と思っていたい理由があるということです。そしてそう思っている限り、うまくいかないことを自分で選んでいるようなものです。

そんな意味づけを「手放す」ことができるということには、0.1%以上の重要性があるはずです。